« December 2017 | Main | February 2018 »

January 31, 2018

◇「デトロイト」を見る。

▼1967年のミシガン州で起きた「デトロイト暴動」を覚えていらっしゃるだろうか?退役軍人の帰国歓迎会を開いていた町は大賑わいだった。その中に4人の男性コーラスグループがあった。美しい声の青年たちは何とか一旗あげようと、ショーの前座を務めていた。あるときレコードメーカーのオーディションを受けようと張り切ってスタジオにやってくる。ところが録音をしている最中暴動による停電が起き、ストップしていまう。しかたなく灯りをたよりに、一軒だけあいているホテルに行く。決して奇麗なホテルではないが、手持ちのカネは11ドルしかない。部屋に行くと、暴動は広がり、州兵も動員されたようだ。
▼暴動に地元デトロイトの警察官も神経質になっている。あまりにも騒がしいので、もう一人宿泊客の青年が部屋から外に向けておもしろ半分に競技用スターターを一発発射する。勿論音だけで弾丸は出ない。ところが州兵や警察官は自分達が狙撃されたと勘違いして、ホテルに容疑者検索のために押し寄せる。そして宿泊客を整列させ尋問を繰り返す。客のなかには、地方から来た女性客も二人いて、警察は彼女たちを売春婦だと決めつける。
▼中でも数人の白人警官のクラウスが捜査手順を無視し、宿泊客たちを脅迫。誰彼構わずに自白を強要する不当な強制尋問を展開していく。それは宿泊客を全員壁に向かって後ろ向きに立たせ、ときには銃をつきつけ尋問するのだ。とくにクラウスは差別主義者で黒人は悪で犯罪者だという前提で、拷問のような取り調べをする。取り調べの最中、店の警備員をしている黒人は何とか正義を貫こうとするが、白人の警官に逆らうことはできない。取り調べの最中に2人の黒人は故意ぶ射殺され、一人は狙撃されて殺される。
▼翌朝暴動が鎮まるとクラウスは生き残りの客を解放し、取り巻きの警察官や警備員に射殺はなかった、事故だったと口止めをする。事故直後警察上部による取り調べが始まる。上司らは一人ひとり尋問し、クラウスがレイシストだと決めつける。そして裁判が始まり、陪審員は「無罪」と評決を出す。白人が住む街で起きた事件は「犯罪」になり得ないのだ。これがもっとも唖然とする瞬間で、いまのレイシスト国家アメリカも、白人至上主義で当時と何ら変わっていない。
▼この事件の概要はNHKBS1で2日金曜日午後9時から放送されるので、ぜひご覧いただきたい。

|

January 30, 2018

トスカ「星は光ぬ」で思い出すこと。

Kawaguti
(12月17日新宿アルタ前で唄う、川口真由美さん)
▼昨日午後はドッと疲れがでてしまい、歩き回るのを止めた。かといって、読書をするほどの集中力もない。そこで先日友人からいただいた「川口真由美」さんのCDを聞きながら眠ってしまった。川口さんは丁度ひと月前に新宿アルタ前の抗議の時ゲスト出演をして下さった。わたしは彼女との距離1メートルでツイキャス中継を始めた。すると視聴者から「この迫力ある歌手はどなたですか?」とか「IWJ京都の番組で、出演したのを見たことがある」という声が次々寄せられた。沖縄現地の座り込みをしている方々を、唄って激励しているという。https://www.youtube.com/watch?v=LhsMX-GGqI0&t=3654s
▼わたしはオペラ「トスカ」の有名名アリア「星はひかりぬ」を初めて聴いたのはかれこれ20年ほど前のことになる。1977年9月27日13時過ぎ、厚木基地(厚木海軍飛行場)を離陸し、太平洋上の航空母艦・ミッドウェイに向かっていたファントムが住宅地に墜落して多数の死傷者を出した事故があった。事故から20年後の追悼祈念集会に参加した。名前は忘れたがあるオペラ歌手が、黒いスカートと白いブラウスというシンプルな姿で登場した。そして5分くらいの間蕩々とこの曲を歌って下さった。当時はトスカの詳しい内容も知らなかった、それからあらゆるトスカを探して聴いていた。
▼歌の内容は、オペラ「トスカ」第三幕で、間もなく銃殺される画家カヴァラドッシ が、明け方の星に、トスカとの愛を想い、泣きながら歌うアリアだ。一方トスカのは秘密警察の署長の言いなりになれば、画家の命は助けてやると脅されるが、署長を刺してしまう。一方トスカの恋人が、処刑前の牢獄でトスカに別れの手紙を書く場面で歌われれるのがこの曲だった。当時どういうシュチュエーションで歌われるか全く知らなかったが、涙が止まらなかった記憶がある。
▼というのは事故に遭った母親のHさんは1歳と3歳のお子さんが亡くなった事を知らず、闘病生活を続けた。しかし皮膚移植などで治療した甲斐もなく、精神的ダメージが強くなくなってしまう。この事故で問題になったのは海上自衛隊が墜落した2名のファントムパイロットを救出して基地へ送り届けたが、そのほか日本人救出や消火活動を一切しなかった事で、日米安保と地位協定の卑屈さを見せつけることになった。わたしは全身火傷でベッドの上で苦しむ、二人のお子さんの姿を今でも思い出す。

|

January 29, 2018

5日連続の抗議行動の日々。

Img_3647
築地市場移転反対の抗議行動の様子。
▼金曜日は久しぶりに衆院議員会館前のTPP反対の行動に参加した。夜の国会周辺に行くのはほぼひと月ぶりになる。防寒対策はして行ったが、寒い。いつもリュックに入れている、フルフェイスの頭巾を被ったがそれでも、寒さは肌を突き刺す。隣りのブロックでは、介護労働者が労働条件の引き下げに反対して4時間も延々と抗議を続けていた。寒さも去ることながら、主催者の個人的事情で、「午後7時半には終える」と告知があり、実際には午後8時に終了したので助かった。地下鉄から乗り継いだバスも待つことなくやってきた。先日友人宅を訪ねた時、徒歩30分で、バスも1時間数本というので、歩くのが苦手な人は車がなければ、地方にはとても住めないと思った。
Sel0127
(シール投票は移転反対が圧倒的)
▼日曜日は、午前10時から築地市場移転反対の行動があった。なぜかWifiが中々繋がらなかった。30分も抗議していたら、目の前でターレーに乗り損なった人が路上に投げ出される事故が発生した。疲れていたのか?勘違いしたのが路上に転倒したままだった。警備員さんが119番して5分くらいして救急車がやってきた時は、立つ事が出来た。抗議は昼までだった。シール投票で、「移転に反対する」という人が圧倒的に多かった。撤収して帰ろうとしたところ、Tさんが「師匠の見舞いに行こう」と声を掛けてくれたので、4人で聖路加病院に行く。昨年末にクモ膜下出血で倒れた人物だ。個室にはいつものマックのPCなどが置いてあった。手術を2回もしたとの事だったが、普通に会話でき、意外にお元気なのでホッとした。見舞いは30分余だった。そのあと市ヶ谷の東京理科大でグアムに住む先住民族の人たちが、米軍が取り上げて基地として使っている土地を返せという報告集会があった。わたしは前々夜MX前で取材や中継が可能かお聞きしたら「ダメ」という事だったので行かなかった。この様子は日曜日の一部新聞にも報告されている。
Img_3639
(金曜夜の衆院議員会館前の抗議の様子)
▼昼飯も食べていないし、時間的にタイトなので、理科大には行かなかった。夜も別の勉強会に誘われていたが、これも撮影と中継ノーだったので、敢えて行かなかった。帰宅して1日早くきた校正をする。決定的に問題なのは、歌詞を延々と引用した文章があったことだ。著作者がなくなって50年たたなければ、著作権で保護されている。難しい事は書かないが、歌詞は音楽著作権協会ですべて管理されており、事前に使用料を払わって「承認番号」をもらわないと面倒な事になる。簡単に言えば引用は許可制で、記事が主で引用が従でなければならない。歌詞が1本丸ごと引用では問題外なのだ。簡単に言えばたとえブログでも引用は2小節(2行)までとなる。日曜日の夜になって編集長から対応策の連絡がある。大きな写真を入れてカバーするしかないだろう。
289alta
(28日アルタ前で「座り込めここへ」を歌う日音協のみなさん)
▼日曜日午後2時から新宿アルタ前で「辺野古の新基地建設反対」の街宣とデモがある。MXtvには昨年の2月2日から毎週通っているので、カメラをセットする前に撮影の許可を得るが、最近は不審者扱いされることはない。しかし沖縄問題となると私服警官の数がグンと増える。集会は1時間余。その後新宿職安前までデモ行進があった。2時間も街頭宣伝は生理的につらいので、皆さんにお断りして南口で離脱する。5日連続の抗議行動。これじゃとても本を読む時間など取れない。誰か一日くらい交代してほしい。

|

January 27, 2018

ひと月振りに、気温零度の夜の国会前に出かける。

▼木曜日に続いて国会衆議院議員会館前に、実に1ヶ月振りに出かけた。昼はは2週間前に首相官邸前に来た。しかし冬の夜の議員会館前は体力的にかなりきつい。1時間以内ならなんとかなるが、それ以上は無理だ。次回は3月になってからにしよう。何せ気温が0度だった。だが行って見ると、中継だけでは分からない情報交換ができる。元農水大臣や、昨年反対運動をしていたそのお友達の動向。政党や女性議員の動向などで、彼等、彼女らがTPPに真剣に取り組もうとしていない事がわかる。てつさんのとなりでは、介護職で働く人たちが、労働条件の切りさげに反対して2時間ほど声を挙げていた。おそらくこれも外国人の介護労働者の規制緩和と裏腹の関係にあると思う。昨晩はてつさんのご都合で7時半に終わることになった。実際は8時に終わったが、これでも体力の消耗は少なくて助かる。
▼スピーチする人は限られているが、黙って座り、ドラムを叩き続ける人、鳴子を鳴らす人、写真を撮ってツイートを続ける人など様々である。それぞれの抗議をしている。現場に足を運んで自分で出来る方法で抗議をすれば良いのだ。▼今朝の安佐時のNHKニュースで、フランスとの防衛協定に河野外相が調印したという話には驚いた。2年前に防衛装備移転が話題になったとき、佐倉市に住む某防衛官僚(現在装備庁にいる)はNHKの番組で、フランス側と交渉する場面があり、カメラはシャットアウトされていた。実はこの頃から準備は着々と進んでいたのだろう。今回の内容はNHKで報道されているが、物資の融通から共同訓練、フィジーはフランスの植民地なので、その海域の防護まで多岐にわたる。「北」を意識しているというが、実際は南沙諸島の中国だろう。しかし貿易面ではフランスは、かなり深く中国に食い込んでいる。
▼さて出動の時間である。午後は沖縄海兵隊のグアム移転問題でシンポジウムがあるが、映画も見なければならない。さらに明日は辺野古問題で新宿デモがある。選択に迷うところではある。

|

January 26, 2018

NHKBS1「欲望の資本主義2018闇の力が目覚める時~」を見る

▼昨晩のMX前も寒かった。他と同様MX前も高齢者が多いので、寒いと参加者も減って50名くらいだった。おまけに夕べはスピーカーを使って妨害するU翼の方々も終始大きな音を出していた。ツイキャスを視聴している方からは、「まるで「ステレオ放送だ」と感想が寄せられた。スピーチに元自衛隊レンジャー隊員の井筒さんも応援に駆けつけて下さった。その中で政府が学校などにやらせている、頭を抱えるミサイル防災訓練は、「かえって危ない」と次のように指摘した。まず爆風から身体を守らなければならない。そのために簡単に言うと1)耳を塞ぐ、2)口を開き、3)息を吐き続ける。講演が必要ならどこにでも行くとのことでした。1月25日東京MXTVは「ニュース女子」の偏向報道を謝罪せよ:
▼終わってから喫茶店で22日の雪中行動の参加した方とお話しをした。ツイッターの写真を見るとまるで八甲田山の雪中訓練のようですね、とお話しすると大笑いになった。困ったのはどのような手袋をしても濡れて冷たいということだった。さらに1月20日にNHKBS1で放送された、「欲望の資本主義2018闇の力が目覚める時~」はとても良かったという話になった。1時間50分の番組で4話から成り立っている。オレンジ色のパーカーを着たドイツの経済ジャーナリスト、ウルリケ・ヘルマン氏は「資本主義は弱肉強食の世界である」と鋭い舌鋒で分析を始めた。今アメリカではバーニーサンダースの支持者たちが「反資本主義」として社会主義こそ貧困を無くすことができる、と立ち上がりつつある。先のヘルマン女史は「資本主義とは人がお金を商品に投資して、より多くのお金を獲得する事を目的としたシステムだ」と言い切る。
▼産業革命の時代、モノとお金で買っただけではお金は増えない。機械にお金を投資してより多くのものが作られればお金が増えると考えられた。つまりお金がお金を生み出す。だから貨幣は支払われたというだけではなく、「貸し出された」のだと。女史は産業革命がなぜイギリスで1760年に起こったのか?多くの経済学者が考えている。農業国だったイギリスは戦意工業が唯一の輸出産業だった。人件費が高騰していたからこそ、」械化に大きな意味があったと指摘する。資本主義とは高賃金によって活性化されるもので、これは現代にも当てはまる。技術革新は常に大きな需要があって実現される。だが労働者が低賃金で、購買力がなければ技術革新は機能しなくなる。アメリカでは実質賃金の中央値が1975年以降伸び悩んでいる。インフレを考慮して経産すれば、現在のアメリカ人の賃金は1975年当時と同程度である。(以下後日に続く)ご希望ご感想をお寄せ下さい。この項の執筆はご要望があれば続けます。
▼昨日は羽鳥モーニングバードの「そもそも総研」で「空母は日本に必要か」がテーマだった。空母とは戦闘機を敵地近くまで運んで空爆を効率的におこなうものだ。今話題になっっている、日本の空母もどきでは、海の巨大な棺桶になりかねない。甲板を鋼鉄製のそれに替えて人員輸送用のヘリを載せても初期の目的は果たせない。戦闘機を載せて空母にその戦闘機を短距離で発着できるようにするには、カタパルトという発射装置が必要になる。だがこれはイギリスとアメリカの極秘事項で他国には絶対出さない。イギリスは海洋国だから空母は発達した。アメリカもほぼ同様である。ロシアのそれは遊園地のようにスロープを使った空母である。さらに戦前の特攻機がアメリカの空母を狙う映像を見ると航空母艦からのもの凄い対空火力で防戦している。いまの日本の空母もどきには、そのための対空レーダーも大きな砲による射撃装置すらついていない。つまるところ空母建設は軍事産業と一部制服組と、内局の私服組の懐を肥やす目的でしかない。

|

January 25, 2018

取材で一日1万4千歩あるいた日。

▼昨日は朝から取材があった。その前に行き付けの図書館は第3木曜日は閉館日なので、頼んであった3册を引き取る。そして読み終わった新刊本は「贈呈」と書いてポストに入れてくる。編集長からは午前10時半に私鉄某駅前にあるファミリーマートの前で待っていろ。という連絡だけである。取材対象もテーマも明確ではない。約束の時間の5分前に中年女性が声を掛けた下さった。ご夫婦で来て下さって、軽自動車で目的地まで向かう.江戸時代の牧場の遺跡であった。これだけ立派な遺跡として残っているのは珍しいという。要するに野馬(ブロンコ)が生息している地域があり、そこから目立った馬を、この囲いのある牧場に追い込み、筋がよさそうな馬を「武士が使う軍馬」として餞別するのだ。そして種馬と子馬は再び放つ。この勇壮な野馬捕りの様子は「成田名所図絵」にも描かれている。
▼以下は2月7日までに原稿に仕上げなければならない。昨日の東京新聞に船橋厩舎に生息する猫ちゃんの写真を撮影して出版した人の話が載っていて、電車の中からメールて取材企画として提案しておいたら、採用された。取材は昼で終わってしまう。しかし会議は午後4時半からである。自宅まで一度戻るのも一法だが、お金と時間がもったいない。そこでここには書けない、ある方法を思いついた。この日帰宅するまでに1万4千歩も歩いた。もう疲れて午後11時には眠ってしまった。

|

January 24, 2018

白根山の噴火から、「角打ち」まで。

▼いやー、昨日は今月12日に習志野空挺団で開かれた「降下始め」の原稿と格闘していた。夕方原稿を送ったら、夜11時ころに沖縄の渡名喜村でまたまたAH1が救急用のヘリポートに「緊急着陸」した。そのことを追加し、さらに良い席で見学した人のご意見もお聞きしながら完成させた。新聞の発行は来週末だ。もし「新聞を見たい」というご希望の方がいらっしゃれば、このHPトップの右上に「購読申し込み用」ファームがある。そこからメールをいただければ発行後PDFファイルでお送りする。
▼昨日の白根山の爆発には驚いた。わたしは浅間山の麓に住んでいたので、幼い頃は年に1回くらいは爆発があった。夜間の爆発の迫力はもの凄く地を揺るがす、「ドカーン」というごう音で眼が覚める。村人は「浅間が焼けた」と叫んで山を見つめる。我が家は噴火口から30kmはあるので、まったく危険はない。噴石と噴石がぶつかり不気味な稲妻を発する。そして山林火災も遠望できるのだ。数千年前の巨大な1トンを越す噴石が今でも転がっており、当時の凄まじい噴火の様子が分かる。とにかく大きすぎて動かせないので、そのまま畑や田んぼに放置されているのだ。
▼軽井沢の近くでは江戸時代の噴火で村が溶岩で埋まって、100名近い犠牲者が出た。さらに神社も溶岩で埋まって、石で作られた階段の上の部分だけ残っている。その溶岩の名残が「鬼押し出し園」となっている。
▼最近第7版が発行された「広辞苑」が話題となっている。わたしは昨日NHKで「春闘」の説明をしていたので、「ご意見拝聴係り」に広辞苑5版を切り貼りして送った。連合は労働者の権利を守る労働組合ではない。今のは「官製春闘」で談合ある、と書いてメールを送信した。PCに入っているのは広辞苑第5版である。6版のDVDがあることは知っているが、ウィンドウズ7ではインストールできないので買っていない。6版はブレインというシャープ(もう倒産して存在しない)のブレインという小型電子辞書に入っている.皆さん意見があったらツイートしても、その意見は権力脱の力にはなりません。該当する組織(官邸、電事連、NHKなど)に直接送り付けましょう。
▼7版では新語が随分入っているらしい。その一つが「角打ち」だそうだ。近所の酒屋に「角打ち出来ます」と張り紙がしてあったので、辞書にはなかったのでネットで調べた。デジタル大辞泉によると、「角打ち」は「カドウチ」ではなく「カクウチ」と読む。 (四角い升の角に口を付けて飲むことから)酒屋の店頭で升酒を直接に飲むこと。転じて、店の一角を仕切って立ち飲み用にすること。また、そこで飲むこと。つまり日本酒をマスで飲む事らしい。だからビールや焼酎はこれには含まれない。

|

January 23, 2018

日曜はJアラート抗議から早乙女勝元氏の講演会に

▼土曜日だが、大手町、千代田線C1出口で出ろという指示だった。多少不安はあったが、地下をひたすら「C1」を目指して歩いた。地上に出ると顔見知りの人が数人いたので、ご挨拶をして三脚を立てる。最初4,5人かと思っていたら最終的に30人近くの人が集まった。抗議は1時間で終わり、友人たちとの集合地点である銀座まで歩いた。こう書くと簡単な日常に見えるかも知れない。しかしわたしはメルマガを作らねばならない。「誤字脱字が多い」とおしかりのメールをいただいた。しかしわたしは週に3、4日街宣行動に参加している。読書は隙間時間に出来る。印象に残ったところは「付箋紙」を貼っていく。メルマガ締め切り日の日は1時間半から2時間で、一気に入力をしなければならない。それで誤変換が起きる。今度は自分の部分だけプリントアウトして校正をしようと思っている。
▼日曜日は水道橋でJアラート反対の抗議行動があった。顔見知りの人がいるがどうか心配だったが、一応ツイキャスの中継予告をだしておいた。集合場所に行って、撮影許可をお願いすると、条件付きでOKになる。暫くすると顔見知りの人たちがやってきた。抗議は1時間半の12時半までだった。わたしは午後2時から近くの図書館主催で開かれる作家早乙女勝元さんの講演会の抽選に当たっていた。これに行きたいが間に合うかどうか?最寄りの駅からバスに乗ったら無事開会の5分前に到着した。
▼講演の前に大昔「東芝日曜劇場」で放送された「この道」という1時間番組が上映された。画面は昔のテレビだから真四角である。白髭橋の脇に住む、若い男女(山口百恵と江藤淳)が主演の青春ドラマだ。雪の白髭橋はとても美しくどうやって撮影したのかと思った。上映後の説明で、「白髭橋はセットだ」と聴いたので驚く。この作品は映画にもなっていて、そちらの大型の白髭橋は半分だけ500万円の予算で汲まれたという。映画はとても良く、思わずホロッとしてしまった。
▼早乙女さんというと、東京大空襲の記録を始めたとして知られている。そのほかに下町大空襲資料館の責任者、などをなさっている。空襲は3月10日の大空襲の後の5月の空襲で、墨田区寺島にお住まいだった御自身が被災されている。ドラマの中の話ではないが、早乙女氏は様々な仕事を転々としている。小学校の体育館が、軍事目標を勘違いされたのだろうか、焼夷弾を集中的に浴びていてという。丸マガに書いたが、この渡洋爆撃というのは、日本軍が重慶爆撃で先鞭をつけたものである。だから最初に被害者となった中国の人びとの事を考えなければならない。
▼早乙女さんの講演は1時間半あり、質疑応答にも答えて下さった。早乙女さんとは職場の上司が知りあいだったので、ご挨拶して名刺を交換して来た。帰宅したのは午後5時で、ほぼ一日外出していたことになる。

|

January 22, 2018

◇「はじめてのおもてなし」を見る。

▼このところ取材や、街頭宣伝が多く、ブログを書く時間が取れなかった。それで4日振りの執筆となる。金曜日はどうしても映画を見ておく必要があった。それで銀座シネスイッチに行きドイツ映画◇「はじめてのおもてなし」を見る。これは翌日の映画サークルのテーマになっていた。土曜は午後から大手町の四電本社前で、再稼働阻止ネットの伊方原発再稼働反対の抗議があったので、それを優先させた。しかし映画サークルの話に合わないとまずい。そこで金曜日となった。
◇「はじめてのおもてなし」ミュンヘンの閑静な住宅街に暮らすハートマン夫妻。家庭は今まで何の問題もなく日常が過ぎていた。夫婦関係はおおむね良好。一人娘は大学生だが相手が見つからない。大病院の医長を務める夫のリヒャルトは外科医で教授として外科手術をノウハウを生徒たちに教えている。いわばその道の権威である。週に数日講義や手術をしていると、助手でインターンの男が、あれれれ注文をつけてくるので気にいらない。長男は弁護士として中国に赴任して、企業買収を手がけて、時々帰国する。
▼ある日曜日のこと、一時帰国した長男や大学生の娘たちが、久しぶりに家族全員が集まったディナーをする。その席で妻のアンゲリカが「自分達も難民の青年を受け入れなければ、難民を1人受け入れる」と唐突に宣言する。夫や子どもたちが猛反対するが、アンゲリカは一度言い出したら聴く耳を持たない。彼女に押し切られる形でハートマン家にナイジェリアから来た亡命申請中の青年ディアロが住むことになる。その結果、気にいらなかったら断っても良いと言われ、面接をして一人を我が家に受け入れる。しかしドイツ語を十分理解できるかと言えば、全ては分からない。それでも家庭生活の順序を覚えようとする。
▼難民受け入れでリヒャルトはりストレスが急上昇して、部下にあたりちらし、職場で孤立してしまう。一方のアンゲリカは、ディアロにドイツ語を教え、庭仕事を指導するなど、かつての教師の腕の輝きを取り戻す。そんな中、歓迎パーティでディアロをもてなすはずだった。隣り家の主婦は反移民主義者で、庭で大騒ぎでパーティを開き、シマウマを持ち込み騒いでいると、隣り家の主婦のせいで警察沙汰の大騒動へと発展してしまう。さらにドローンで監視していた警察は青年が肥料を使っているのは爆弾を作るのでは、と特殊部隊が突入する。青年は家庭に溶け込もうとする事をきっかけに変化していくが、警察が踏み込んだため青年は「強制帰還」裁判を受ける憂き目にあう。ドイツの家族と話題になっている移民の受け入れを通じて家族の絆を描く。

|

January 18, 2018

被災地への「帰還」は良い事?なのか。

117kisei
17日原子力規制委員会前の抗議の様子。
▼昨日は六本木の原子力規制委員会の傍聴に出かけた。いや先週も来て、正午から始まった抗議集会にも参加した。その時風が強くてYouTube撮影のために立てていた一脚が倒れてしまった。正確に言うと足の部分は小型の三脚で一脚は別に買ったスチールのモノポッドを組み合わせて使っていた。小型だが簡単に倒れてしまう。それで昨日は気を取り直して一番軽量のアルミ三脚にした。だがリュックに入れて運ぶと結構ずしんとくる。都営地下鉄赤羽橋駅から原子力規制委員会の入っている六本木ファーストビルまでは距離1・5kmで高低差100mくらいはある。毎回、ちょっとした山登りである。会議I室で入り口の女性が「もうご存じですよね」と言って会議中の「大声を上げない、議事進行を妨げない」など注意事項」を書いた紙は手渡されなかった。
▼会議の様子はYouTubeにアップした。第一議題、九電始め原発各社などは本当にやる気があるのだろうか?安全対策など原子力規制委員会から言われた事をイヤイヤつきあいでやっていると言う感触を受ける。第二議題は福島の除染をした場所の作業結果である。伴委員は空中線量は計ったものより1・5くらい低いはず、という。更田委員長は線量が高い場所へは道路を迂回して行けば良い、などの意見が出て来て、とても真剣な論議をしているとは思えない。フクイチの廃炉などはお先真っ暗なのに、その話になったり、「廃棄物処理が具体化して、六カ所が動き出したら忙しくなるぞ」など正気の沙汰ではない。六カ所はもう永遠に動かないよ。会場からは「帰還には反対です」という声が上がる。会議が終わってから、2番の番号札をつけた男性が「帰還はさせるべきで正しいことではないですか?」と声を掛けて来たので、わたしが引き取った。
▼要するに道路や家屋は除染されているが、山等は除染されていないので、雨が降ると家や道路はもとの汚染された状態に戻ってしまう。国や東電は補償金を出し続けるのが惜しいので、「強制帰還」をさせよううとしている。だから「ういまの汚染された状態での帰還反対」なのです、とお答えした。分かったかどうか?後で回りの人に聞いたら「あの人は再稼働賛成」といっていたという。
▼早めに会議が終わったので、外に出ると皆さん食事に行ってしまったのか、阻止ネットのKさんとたった二人だった。だが暫くすると10人ほどになった。そうしている間にも次々チラシが配布される。きょうはこれからエネルギー政策の院内集会があるという。明日は宮古島に自衛隊配備敗退で院内集会。身体がいくつあっても足りない。それに院内の集会はおそらくUPLANさんが撮影してくださるので、出しゃばらずお任せしよう。
▼赤羽橋から歩いていると、キャリーバッグに巨大な三脚をくくりつけて歩いているビデオカメラマン(おそらく)がいた。一昨年12月に千葉の最高峰愛宕山の嶺岡レーダーサイトが公開されたときも、みりたりー雑誌のカメラマンが数人来ていた。彼等の三脚も巨大で大きなアルミバッグ二個に収まっていた。先日習志野の降下始めで見たアマチュアカメラマンが手持ちカメラで撮っているのを見たら「ホントに撮るつもり?」と大笑いされるだろう。

|

January 17, 2018

不安をかき立てる「Jアラートの訓練」。

116niben
1月16日有楽町街宣が終わり、一斉に手を上げる第二弁護士会の弁護士のみなさん)
▼昨晩は東京第二弁護士会の「戦争法に反対する1月街宣」のツイキャス中継に行って来た。これは昨年の5月ころから始まっている。これは偶然行ったのではなく、「街宣をする」というツイートを見て、有楽町の現場に行って、身分を名乗り身分証明書を見せて了解を取って始めた。いわば営業から始まった。夕べは中程で酔っぱらいが絡んで来た。「弁護士なら籠池を釈放しろ」という。ちょうど伊藤真弁護士がスピーチしているときで、しつこく絡んで行った。伊藤さんのような著目人がいらっしゃるとツイキャスの視聴率は普段よりもアップする。中継が終わると責任者に視聴数をご報告して帰宅する。久しぶりに100人の大台を突破したので、喜んで下さった。撮影してアップロードが終わってからYouTubeの視聴アドレスをご連絡するようにしている。1月16日、東京第二弁護士会安保法制反対有楽町駅前、1月街宣の様子。:
▼先週MXTVの前で抗議要請行動をしたとき、2月にJアラートの訓練をする東京と神奈川の参加者から「自治体に向けて反対行動をするという」報告があった。興味のあるかたはYouTubeをご覧いただきたい。昨日読み終わった笠原十九司著「日中戦争全史」(下巻)では隣組が出来ていく過程が書かれていた。要するに戦争中機能した5軒から10軒の相互監視システムだ。雑誌や新聞などを読んでいると「自分は小心者だから近所でJアラートの避難訓練が始まったら、無視して通り過ぎる訳にはいかなくなる」と発言する人が多い。当時発明されて、現代に残っているのが「回覧板」システムだ。昔はその回覧板の唄がヒットした。♪「トントンとんからりと隣組。回して頂戴回覧板、障子を開ければ顔見知り、教えられたり、教えたり」。Jアラートもいまのうちに潰さないと、えらいことになる。昨日もNHKで「北ミサイル発射」の誤報が流れたばかりだ。
▼NHKBSで「世界街歩き」という番組があり、わたしは録画して見ている。先週イギリス総集編があった。その中でウエストミンスター寺院に行った。みなさんこの寺院の鐘の音はご存じだろうか?場面は一転して日本国内になる。大田区のある小学校には、そのウエストミンスター寺院のチャイムが、戦後始めて使われ全国に広まった。柱時計の大きさの機械の中には鋼鉄の棒が数本入っており、それを小型のハンマーで叩く方式だった。これに替えた理由というのが、「戦後になっても警報の合図がブオーーというサイレンでは、戦争を思い出してイヤだ」という声が寄せられたからだという。このベルはその後全国の学校に広まった。これは実にまともな意見だと思う。わたしは不安に輪を掛けるJアラートの音も嫌いなので「OFF」にしてある。皆さんお住まいの自治体でも順次訓練が行われる筈である。ぜひ反対運動を起こして欲しい。

|

January 16, 2018

◇「ヒトラーに屈しなかった国王」を見る。

▼ふと気か付いたら、常備薬が残り4錠になっていた。慌ててクリニックへ行く。毎冬に血圧が上がるが、今年は上が125とかなり低い。担当医は頼まないのに「肩をだせ」と言ってビタミンB1の注射をしてくれた。ついでに隣りの駅ビルの中にあるクリニックでインフルエンザ予防の注射をしてもらう。わたしの住んでいる場所は地形が複雑に入り組んでいて、クリニックはk区、行政がやってくれる高齢者のインフルエンザ予防接種はS区になる。駅ビルのクリニックはかなり混雑していた。狭い待合室に風邪引き患者が溢れている。待っているだけで風邪が移りそうだ。ここの担当医は気さくな人で会話が弾む。二ヶ所回っても一時間で済むので便利である。実質的に無医村の故郷だと、通院も丸1日仕事になってしまう。
▼自宅に戻り昼食が終わった所で、電話がある。朝日新聞社から「購読のお願い」だった。二ヶ月読んでくれれば一年分サービスする。またはビール一ケースサービスするとも言う。三ヶ月ほど前に若い社員が来た時は、多少心を動かされたが、「主筆だった船橋洋一が嫌いだ」と断った。今回はお土産付きである。断り続けると「Y新聞ですか?」と言われる。「購読している新聞名は言えないが、朝日の方針とは考え方が違うので、読む気はまったくない」とお断りする。社長が安倍と食事したのを自慢するような新聞社の新聞は読む気になれない。
◇「ヒトラーに屈しなかった国王」第二次世界大戦が勃発した7か月後、ヒトラーは北欧にも軍隊を進めた。それはおそらくソ連を西側からも包囲しようとする作戦の一部だったのだろう。1939年ナチスドイツは9月ポーランドに攻め入る。そして翌年4月8日ナチス・トイツ軍がノルウェーの首都オスロに侵攻する。まさかナチスドイツ軍が攻撃して来るとは思わなかったノルウェー軍だった。圧倒的な機動性と軍事力によって、主要な都市は相次いで占領されてしまう。降伏を求めてくるドイツ軍に対しノルウェー政府はそれを断乎として拒否しする。
▼その時、ノルウェー国王のホーコン7世は、家族、政府閣僚とともにオスロを離れる。守備するノルウェイ軍は初年兵たちが守り、銃を扱うのも、装弾するのももどかしい。陸と空から攻撃してくるドイツ軍に、国王は家族や閣僚とともに陸路国境まで逃走する。一方 、ヒトラーの命を受けたドイツ公使は、ノルウェー政府に国王との謁見の場を設けるように、最後通告をつきつける。1940年4月9日、ナチス・トイツ軍がノルウェーの首都オスロに侵攻。ドイツ軍の攻撃に交戦するノルウェー軍だったが、圧倒的な軍事力によって、主要な都市は相次いで占領される。降伏を求めてくるドイツ軍に対しノルウェー政府はそれを拒否し 、ノルウェー国王のホーコン7世は、家族、政府閣僚とともに首都オスロを離れる。
▼一方 、ヒトラーの命を受けたドイツ公使は、ノルウェー政府に国王との二人だけの謁見の場を設けるように、最後通告をつきつける。翌日、ドイツ公使は目隠しをされて国王が避難している場所にやってくる公使と対峙した国王は、閣僚を遠ざけ公使と二人で話し合う。ナチスの要求は議会は信頼できないのlで、彼等を罷免し国王の権限だけ認めるというものだった。二人の会談が終わったあと、二人の閣僚は公使と話し合いをしようとするが、拒否され帰ってしまう。 国を離れて抵抗を続けるか、家族のため、国民のため、国の運命を左右する究極の選択を迫られるホーコン7世ー 。
▼会談が成功しなかったため、ドイツ空軍はホーコン7世と、閣僚達の隠れ家を空軍を使って猛爆を繰り返す。そのとき国王の頭を去来するのは、自分を国王と知りながら敬礼してくれた、まだあどけない顔をした新兵や、家族、孫達の顔だった。北欧の小国ながらナチス・ドイツに最も抵抗し続けたノルウェーにとって、歴史に残る重大な決断を下した国王ホーコン7世の運命の3日間を描く。 自分の命を救おうとして沖縄を米軍に引き渡した、何処かの国の君主とは大違いのノルウェイ国王だった。

|

January 13, 2018

2年連続で空挺団の降下始めに行って来た。

▼習志野駐屯地で光られる「降下始め」に、昨年に引き続き参加した。昨年は京成薬園台から、かなり歩かされた。そのため事前に調べて貰ったら、津田沼駅前から」「高津前団地行き」のバスに乗って「郷土資料館の前で下車せよ」という事だった。しかしバスは道路混雑で20分遅延、バスに乗るとまた渋滞で動かなかった。駅から基地まで1・5kmはある、さらに門から訓練実施場まで2kmある。門の手前に某県議会議員がいたのでお声がけする。「LEON(実際は本名)さん何?」と聴かれるので「取材ですよ」と答えて目的地まで一心不乱に歩く。マイクロシャトルバスもあるが、歩いた方が早い。脇道を観測しながら歩く。フライトシュミレーターもあった。さらに習志野射撃場という屋内施設もあった。9時半に門の手前だったので若干焦ったが、開始の10時には目的地に着いた.昨年は立つ場所もなかったが、今年は最前列に行くことができ、三脚を立てることが出来た。
▼友人もご招待で来ているのだが、あちらは来賓席に着席、こちらは立ちん坊。ショートメールとLINEで連絡を取ったが、ご迷惑がかかるとまずいので、近寄らないようにした。基地の入り口の展示には、最近沖縄で不時着したAH1があった。ただしローターの上にレーダーが装着されているので、一応最新式だ。中々パラシュート降下が始まらない。V107が飛来するだけで飛び降りる様子はまったくない。ヘリから大砲と高機動車が各一門と一台下ろされ、500mくらいの距離で空砲を撃ち合って島嶼占領作戦らしきモノをしている。これも昨年とまったく同じ展開である。そのうち地上で七名の隊員が機内から飛び降りる訓練を始める.指揮者の合図で、降下隊員は手を上げ落下ドアに近づく。飛び降りたという合図で両手を挙げ(降下中)てしゃがむ(着地という想定)。はっきり言って、こんなのをみせられても仕方ない。
▼一時間もするとようやくV107に乗った空挺団の隊員が登場し、降下を始めた。一機には6~7名の隊員が搭乗していて、普段目視しているスカイツリーで言うと500mほどの高度から飛び降りていた。しかし米軍のそれに比べると日本のそれは藤倉航装の「落下傘」である。降りるスピードも安全第一なのか遅く、地上から狙撃されれば、ノルマンディー上陸作戦ではないが、ひとたまりもない。その点最後に登場した、米軍のそれはいかにも「パラシュート」で、日本のそれとは形状も異なる。素人カメラマンが、高価なカメラと高価なレンズを持って来て機関銃を撃つようにカシャカシャ猛烈な勢いでシャッターを押し続ける。凄いと思うが、ジッツオなど、カメラと同額の三脚を買わないと良い写真は絶対撮れない。可哀想に…。(以下数日後に続く)
▼きょう午後から「移民国家・アメリカにおけるトランプの暴走と反レイシズムの闘い Part II」があるが、前回イヤな思いをしたので、きょうはパスする。

|

January 12, 2018

MXTV前で新年初の申し知れと抗議をする。

▼昨日は半蔵門の東京MXTVに新年の要請活動に行った。最初この行動を「フェスタ」と書いた方がいらして、かなり西方にお住まいの方から「違和感を感じる」とフェイスブックに書かれたという。わたしは既にお話ししてるようにfacebookはやらない。先日WOWOWで「スノーデン」が放送され、それとセットでスノーデンがNSAのデータをもって香港からドイツまでの逃亡生活を描いたドキュメンタリーが放送された。それによればfacebookがCIAの情報収集のツールになっている事が余すことなく証明されている。悪い事は言わないからfacebookはいますぐ止めた方が良い。それとツイッターのDMやメール、それに電話で他人の悪口を言う事も止めた方がよい。これもすべて彼等に解読されている。便利な道具には必ず裏があるのだ。直接、相手に口か手渡しの手紙で伝えるのが一番である。
▼昨日はMXに堂々と正面から謝罪の申し入れに行くことになっていた。そのため地下鉄の出口に集合して選ばれた人が先行して向かったが、やはり文書の受け取りと個別の対応は出来ないとして面会は拒否された。わたしは本番が始まるまで、常にツイキャスカメラの音声をミュートにしている。作戦が相手に漏れないためだ。ところが「ミュートのままになっている」と忠告して下さる方がいらっしゃる。ありがたいが、これは作戦なのだ。要請行動と参加者の発言やパフォーマンスはYouTubeでご覧いただきたい。オーストラリア人のジェーンさんも素顔で登場し、神奈川で米兵に暴行され訴訟で闘った経緯を発言されているが、痛々しい限りだ。そして当時の神奈川県警の対応も民間人を守ろうという姿勢がまったく見えない。
▼きょうはこれから習志野空挺団の2018年初降下訓練を取材に行く。こういう中継をすると「お前のツイキャスは悪い影響を与えている」という単細胞の批判が来る。よく頭を使って考えろ。わたしは日米合同訓練が広まっていることに懸念をしている。昨年は在沖米軍のレンジャー隊員が10数人が降下に参加した。ことしはオレゴンから60人くらいの米兵が参加するという。この事実をどうとらえるか、だ。わたしは良い場所をとるため、七時半には家を出て電車とバスを乗り継いで現地には9時頃到着するつもりだ。1月11日東京MXTV前で新年の要請行動(1): http://youtu.be/NBYQoDfVJl0?a 、がアップロード

|

January 09, 2018

8日、「深川七福神巡り」を挙行する。

▼昨日はかれこれ20年くらい続いている、親しい友人たちとの「七福神巡り」の日だった。わたしの家から集合地点の「門前仲町」交差点まではバスで1本、20分、くらいで到着する。バス停で50歳くらいの婦人が、バッグに「原発反対」のタグをつけてあるので話しかけてきた。わたしは参加者が少なくなっている現状を正しくお伝えした。何のために毎週抗議にかよっているかも話した。彼女は夫の赴任で中国本土に6年ほど行っていたという。中国でも、町を歩いていて人びとと気軽に話しかけられる雰囲気はなかったという。
▼さらに話をしていくと、英語の勉強のために聖書を読むようになったという。それからおもむろにタブレットを取り出し、エホバの言葉の部分を読んで聞かせる。「エホバ」(JW)ってアレだろう?その後の話は深入りしないようにして、お別れした。その後彼女が下車した一駅先でみんなと無事合流して歩き始めた。Tさんは息子さんを乳母車に乗せて途中で合流した。Sさんはスキーで怪我をして不参加だった。この七福神は10数年ぶりに歩くが道はまったく覚えていない。地図はあまり詳しくないので、Hさんがスマホの地図を頼りに、私はプリントアウトしてあった地図を頼りに歩き始めた。8日なのに結構歩くヒトは多い。カメラをバッグの奥に潜ませて行ったが、最後まで出すのを忘れてしまった。
▼しかし実際お会いして話をすると、貴重な情報が次々出てくる。今週金曜日にH氏はわたしと同じ場所にいらっしゃるという。しかし相手の立場もあるので、カメラをわたして、アップで一枚撮影をお願いする訳にもいくまい。、飲み屋はいつも言問橋たもとにある「上総屋」さんに行くのだが、この最終地点の森下町にあった、和食屋(ウナギ屋)さんに入った、食べる分量は少なめだが、熱燗のしかたば絶妙で評判になった。帰りはJR両国駅まで歩く。わたしは込み入った仕事が2つあったので取り組み、午後7時ころには完成させ、一つは送信を終えた。

|

January 06, 2018

米軍がソ連の北方四島占領を支援していた。

▼毎年新年の挨拶回りは、必ず1月4日に行っている.ところが今年は昨日5日にした。というのは、午後1時半から佐倉にある歴史博物館の「江戸グルメ」の初日と記者発表が、この5日からだった。遠い距離を毎日往復するのは大変なので、1日にまとめたという次第である。11時頃京成電車は「ピュ^ピュー」という不協和音を発し地震を関知して緊急停止した。中々発車しないのでツイッターの「ホーム」頁にアクセスしたら、顔見知りのEさんが「怖い」と呟いていたので、「大丈夫」というリツイートをした。挨拶回りをすべて終え、昼飯は10年ほど前に友人に連れられて「佐倉七福神巡り」をして立ち寄った麻賀多神社脇の日本ソバ屋に入る。その後、佐倉聯隊の記念碑を撮影して、歴博に向かう。
▼いつも歴博の記者発表は電話帳数冊もある、資料を下さるので、大きいバッグを持参したら、それは杞憂に終わった。この日は二枚のペーパーだけだった。
▼暮れの「北海道新聞」12月28日号に驚くべきスクープが掲載されていた。それは米軍がソ連の北方四島の占領を黙認し、それどころがアラスカでソ連軍の上陸訓練を施していたというニュースである。そうなると戦後左翼はマルクス主義経済学者の堀江正規がその著書で「日本はソ連に対して反共の砦として位置づけられた」という考え方は見直しを迫られる。
▼一般に知られているのは、ヤルタ会談でスターリンが北海道の占領を要求したという内容である。つまりスターリンは「スターリンは、北方4島を含む千島列島全島の領有を挙げたのみならず、北海道の半分を要求してきたのである。北海道の占領は、日本のシベリア出兵に対する代償である」と主張したのだった。しかし北海道新聞の発掘した文書によれば、沖縄は米軍が占領する代わりに、北方領土のソ連軍占領は黙認するという事だった。アメリカが中国革命の成功にずっと危機感を持っていたというのは、あまねく知られている。だから米軍はそれを予測した上で、北方領土を手放す政策を取った。さらに言えばそれを利用して、「日ソ平和条約をソ連が一方的に破った」という概念を植え付け、日本国内の反ソ世論の盛り上がりを狙っていたのだ。
▼という訳で1日に1万6千歩の歩き回っていた。それで夜の抗議行動には疲れてしまい、参加出来なかった。

|

January 03, 2018

NHKBSでチェルノブイリ“鋼鉄シェルター・プロジェクト”を見る。

▼大晦日の深夜NHKでは5本くらいのドキュメンタリーが放映され、その殆どを録画して見た。なかでも一番印象に残ったのは「BS世界のドキュメンタリー▽チェルノブイリ“鋼鉄シェルター・プロジェクト”」である。わたしも今までやってきた作業は石棺の上に石棺を作っているのかと思ったが違っていた。チェルノブイリ原発事故のあと、緊急に石棺を作って旧原子炉を封じ込めた「つもり」でいた。しかし元の事故を起こした原子炉はそのままで手が付いていない。そのため石棺が崩れそうになってしまった。そこで考えたのは巨大なドームで旧石棺を覆うことだった。覆っているばかりでは数十年毎に巨大な石棺を永遠に作り続けなければならない。
▼そこでヨーロッパ始め世界40か国が総額16億ドル(1800億円)を出資して、巨大な鋼鉄製のシェルターが作られた。資金と世界40か国が総額16億ドル(1800億円)を出資して、巨大な鋼鉄製のシェルターが作られた。智恵を出してチェルノブイリ原発の解体作業をすすめる為に、巨大な鋼鉄シェルターで覆うことだった。シャルターの中にはクレーンを何機も取り付け、旧石棺を部分的に穴を開けて原子炉解体に迫る、のである。決して石棺の上に石棺を作ったのではない。チェルノブイリ原発を解体して廃炉にしないと、ヨーロッパ全体は常に被爆の危機にさらされることになる。資金も私財、人材もすべてをつぎ込んでいるように見えた。
▼ところが翻って日本のフクイチを見ると、東電自体がやる気がない。その上強制帰還で住民を被爆の危険にさらす。除染に係わっている業者の手抜きは、空のフレコンバッグから、汚染物質を川に流すなどきりがない。原発事故対策を国も東電もいい加減だから、業者も真剣に考えていない。凍土壁一つとっても先の見通しは付いていない。汚染水タンクもあと1年も待たずに破綻し、放射線汚染水は太平洋に排出するしかない、と私は考えている。
▼フクイチ事故から6年経ってもデブリのありか一つ分かっていない。友人の春橋氏が国会前で「すべてのリソースをフクイチ事故対策にさけ」とスピーチしているのは、まったく正しくその通りである。はっきり言って箱根駅伝やオリンピック誘致や建設ラッシュで浮かれているときではないと思うのだが…。
▼昨日ツイッターで書いた乾式キャスクだが、文書ではっきり書かれていないが、その寿命はせいぜい50年くらいしか保たないと思う。そうなるとキャスク自体が放射性ゴミとして増える事になる。

|

January 02, 2018

わたしも元旦にいろいろ考えた。

▼年賀状は20通ほどいただいたが、新年のメールは一通もこない。年賀状の宛名の印刷ミスで16通ほどムダを出してしまった。印刷ミスを奇麗に消す方法をネットで調べたら、「郵便局で交換して貰え」という、極真っ当な意見が一位に出てきた。しかし郵便局は3が日休みなので、コンビニに行って、印刷済みの葉書をとりあえず二枚買ってきた。
▼わたしの友人には政治色が極めて強い新聞一紙を読んで満足している人が少なからずいる。しかもそこに書いてある事を信じて疑わないから始末が悪い。もうこうなると宗教である。わたしはそういう意見に与しないので、幾つかの新聞を読む.正月だけはさらに朝日と毎日を買って来て読む。いつも朝日の広告の分量に驚く。これで朝日の社員の給料は高いのだ。その朝日の39面に「レンタルおっさん」の記事が出ている.定年退職した人が何か世の中の役に立ちたいと「おっさんレンタル」の会社に登録した。面接に合格すると、年間13万円の登録料を支払う。あとは写真入りで会社のホームページに登録し、会社からの連絡を待つ。話を聞いた相手からは直接一時間1000円の費用を受け取る仕組みだ。写真写りが悪かったり、自分の話ばかりする人はまず面接に受からんだろうな。でも1日一人と会って1000円の収入があれば会費はペイできる。このルポは面白かった。
▼元旦の晴れ着を着たバ○番組は見たくなかったので、NHKの伊勢神宮を二時間で回るツアーを見た。そこでは昭和天皇が、戦前、戦勝祈願で馬車で参拝に行っているニュース映像が出た。そのニュースのナレーションは、現在の某北の国のテレビ放送とそっくりなのには笑ってしまった。
▼チャンネルネコで、かわぐちかいじの「沈黙の艦隊」のアニメ版が四時間半の枠で放送されたので、一気に見た。マンガを借りて読もうと思っていたが、今まで機会がなかった。あらすじは簡単に言えば、日本が密かに原子力潜水艦を造っていて、その艦長が反乱を起こし、アメリカの艦隊と闘うという内容である。実はわたしは潜水艦マニアで潜水艦の映画は殆ど見ている。このアニメも海上自衛隊所属の2艦の協力して作られているとタイトルバックに出てくるが、作戦の内容や魚雷の発車場面などが実にリアルである。全3話でまとめられていたが、2巻の後半に、いま話題のテルアビブが出てくる。そしてアメリカに対して「宗教に頼っているから君たちは戦争を起こしてばかりいるのだ」とヤマト(日本の原潜の船長が揶揄する場面には笑ってしまった。日本の国家神道だって戦争の道具にされていたことは、前記の伊勢神宮に参拝した天皇だって同じことなのに…。
▼元旦の夜親友のA君から電話があった。12月22日強風の東電前抗議で、ビデオカメラとツイキャスのiPhoneを載せたカメラが強風で転倒してしまった。そのときビデオのバッテリーの爪が折れてしまった。自分で接着剤を使ってくっつけたら電流が流れなくなり、A君に修理を依頼すべく送っておいた。その間も撮影はあるのでしかたなく、新しいバッテリーを大枚はたいて新規購入した。彼はついでがあるとして、我が家のガスメーターに入れて帰ってしまった。コーヒー一杯でもご馳走しようと思っていたのに残念だ。彼の家はあの話題の富岡八幡の近くなので、行って参拝して来ようかと思っている。ツイッターによればこの神社を参拝した人が「家族の不和に気を付けよ」というおみくじを引いて、「お前に言われたくない」と話題になっている。昨日のTBSモーニングバードを見ていたら作家の青木理氏(実は高校の後輩)が「神仏を信じていないので初詣はしない」と言っていたので、」誠に正しいと思った。

|

« December 2017 | Main | February 2018 »