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January 16, 2018

◇「ヒトラーに屈しなかった国王」を見る。

▼ふと気か付いたら、常備薬が残り4錠になっていた。慌ててクリニックへ行く。毎冬に血圧が上がるが、今年は上が125とかなり低い。担当医は頼まないのに「肩をだせ」と言ってビタミンB1の注射をしてくれた。ついでに隣りの駅ビルの中にあるクリニックでインフルエンザ予防の注射をしてもらう。わたしの住んでいる場所は地形が複雑に入り組んでいて、クリニックはk区、行政がやってくれる高齢者のインフルエンザ予防接種はS区になる。駅ビルのクリニックはかなり混雑していた。狭い待合室に風邪引き患者が溢れている。待っているだけで風邪が移りそうだ。ここの担当医は気さくな人で会話が弾む。二ヶ所回っても一時間で済むので便利である。実質的に無医村の故郷だと、通院も丸1日仕事になってしまう。
▼自宅に戻り昼食が終わった所で、電話がある。朝日新聞社から「購読のお願い」だった。二ヶ月読んでくれれば一年分サービスする。またはビール一ケースサービスするとも言う。三ヶ月ほど前に若い社員が来た時は、多少心を動かされたが、「主筆だった船橋洋一が嫌いだ」と断った。今回はお土産付きである。断り続けると「Y新聞ですか?」と言われる。「購読している新聞名は言えないが、朝日の方針とは考え方が違うので、読む気はまったくない」とお断りする。社長が安倍と食事したのを自慢するような新聞社の新聞は読む気になれない。
◇「ヒトラーに屈しなかった国王」第二次世界大戦が勃発した7か月後、ヒトラーは北欧にも軍隊を進めた。それはおそらくソ連を西側からも包囲しようとする作戦の一部だったのだろう。1939年ナチスドイツは9月ポーランドに攻め入る。そして翌年4月8日ナチス・トイツ軍がノルウェーの首都オスロに侵攻する。まさかナチスドイツ軍が攻撃して来るとは思わなかったノルウェー軍だった。圧倒的な機動性と軍事力によって、主要な都市は相次いで占領されてしまう。降伏を求めてくるドイツ軍に対しノルウェー政府はそれを断乎として拒否しする。
▼その時、ノルウェー国王のホーコン7世は、家族、政府閣僚とともにオスロを離れる。守備するノルウェイ軍は初年兵たちが守り、銃を扱うのも、装弾するのももどかしい。陸と空から攻撃してくるドイツ軍に、国王は家族や閣僚とともに陸路国境まで逃走する。一方 、ヒトラーの命を受けたドイツ公使は、ノルウェー政府に国王との謁見の場を設けるように、最後通告をつきつける。1940年4月9日、ナチス・トイツ軍がノルウェーの首都オスロに侵攻。ドイツ軍の攻撃に交戦するノルウェー軍だったが、圧倒的な軍事力によって、主要な都市は相次いで占領される。降伏を求めてくるドイツ軍に対しノルウェー政府はそれを拒否し 、ノルウェー国王のホーコン7世は、家族、政府閣僚とともに首都オスロを離れる。
▼一方 、ヒトラーの命を受けたドイツ公使は、ノルウェー政府に国王との二人だけの謁見の場を設けるように、最後通告をつきつける。翌日、ドイツ公使は目隠しをされて国王が避難している場所にやってくる公使と対峙した国王は、閣僚を遠ざけ公使と二人で話し合う。ナチスの要求は議会は信頼できないのlで、彼等を罷免し国王の権限だけ認めるというものだった。二人の会談が終わったあと、二人の閣僚は公使と話し合いをしようとするが、拒否され帰ってしまう。 国を離れて抵抗を続けるか、家族のため、国民のため、国の運命を左右する究極の選択を迫られるホーコン7世ー 。
▼会談が成功しなかったため、ドイツ空軍はホーコン7世と、閣僚達の隠れ家を空軍を使って猛爆を繰り返す。そのとき国王の頭を去来するのは、自分を国王と知りながら敬礼してくれた、まだあどけない顔をした新兵や、家族、孫達の顔だった。北欧の小国ながらナチス・ドイツに最も抵抗し続けたノルウェーにとって、歴史に残る重大な決断を下した国王ホーコン7世の運命の3日間を描く。 自分の命を救おうとして沖縄を米軍に引き渡した、何処かの国の君主とは大違いのノルウェイ国王だった。

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