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January 06, 2018

米軍がソ連の北方四島占領を支援していた。

▼毎年新年の挨拶回りは、必ず1月4日に行っている.ところが今年は昨日5日にした。というのは、午後1時半から佐倉にある歴史博物館の「江戸グルメ」の初日と記者発表が、この5日からだった。遠い距離を毎日往復するのは大変なので、1日にまとめたという次第である。11時頃京成電車は「ピュ^ピュー」という不協和音を発し地震を関知して緊急停止した。中々発車しないのでツイッターの「ホーム」頁にアクセスしたら、顔見知りのEさんが「怖い」と呟いていたので、「大丈夫」というリツイートをした。挨拶回りをすべて終え、昼飯は10年ほど前に友人に連れられて「佐倉七福神巡り」をして立ち寄った麻賀多神社脇の日本ソバ屋に入る。その後、佐倉聯隊の記念碑を撮影して、歴博に向かう。
▼いつも歴博の記者発表は電話帳数冊もある、資料を下さるので、大きいバッグを持参したら、それは杞憂に終わった。この日は二枚のペーパーだけだった。
▼暮れの「北海道新聞」12月28日号に驚くべきスクープが掲載されていた。それは米軍がソ連の北方四島の占領を黙認し、それどころがアラスカでソ連軍の上陸訓練を施していたというニュースである。そうなると戦後左翼はマルクス主義経済学者の堀江正規がその著書で「日本はソ連に対して反共の砦として位置づけられた」という考え方は見直しを迫られる。
▼一般に知られているのは、ヤルタ会談でスターリンが北海道の占領を要求したという内容である。つまりスターリンは「スターリンは、北方4島を含む千島列島全島の領有を挙げたのみならず、北海道の半分を要求してきたのである。北海道の占領は、日本のシベリア出兵に対する代償である」と主張したのだった。しかし北海道新聞の発掘した文書によれば、沖縄は米軍が占領する代わりに、北方領土のソ連軍占領は黙認するという事だった。アメリカが中国革命の成功にずっと危機感を持っていたというのは、あまねく知られている。だから米軍はそれを予測した上で、北方領土を手放す政策を取った。さらに言えばそれを利用して、「日ソ平和条約をソ連が一方的に破った」という概念を植え付け、日本国内の反ソ世論の盛り上がりを狙っていたのだ。
▼という訳で1日に1万6千歩の歩き回っていた。それで夜の抗議行動には疲れてしまい、参加出来なかった。

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