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March 26, 2018

映画2本の内容を忘れないための、速記メモ。

▼事情があって、いろいろやることが多い。さらに夕方には「新宿に来ているが、どこにいるか?」というショートメールが飛び込んで来た。行きたいのは山々だが、こちらは高齢者で、週に3日以上の行動には残念ながら付いていけない。午後から「東劇」にいくため東銀座に出た。この映画館に来るのは去年「築地ワンダーランド」を見てからだら、1年ぶりになる。腹ごしらえは歌舞伎座の右隣にある。カレー専門店「H」に入った。いざ食べようとすると、食べた食事をツイッターなどSNSに投稿した写真を店員さんに見せれば、名物のコロッケの引換券と交換してくれるという、さっそく挑戦したが、店を出るときに画像の大きさのせいか、ツイッターに表示されなかった。映画わ終わってから領収書と画像を見せに行って引換券をゲットした。しかし良く考えて見ると、コロッケを食べるためにはもう一度その店に行かねばならない。写真は事前・事後である。おいしさを強調するために後者は卵を割った。上は割る前、下は割った後。
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◇「しあわせの絵の具」カナダの女性画家モード・ルイスと彼女の夫の半生である。リウマチで身体に障害を持った主人公の女性モード(サリー・ホーキン)。彼女はカナダ東部のちいさな町外れで叔母と二人で暮らしている。叔母とはソリが合わず家を出ようとしている。そんなある日兄がやってきて、家を売り払ってという。衝撃を受けたモードは叔母の家を出る決意をする。しかし行く宛てはない。買い物の途中に見かけた「家政婦募集」のチラシを貼り出したエベレットに興味を抱く。彼が暮らす町外れの小屋に不自由な足を引きずって何キロも歩いて一軒家にたどり着く。そこにはぶっきらぼうで偏窟な男がエベレットが一人いただけだ。それでも翌日には叔母と決別して、一軒家に押しかける。
▼電気も水も来ていない野原の一軒家で、家の掃除と料理を作るように命じられる。食事は庭で採卵のため飼っていた鳥を絞める場面はオットトとという感じで迫力がある。寝る場所は二階のベッドにその男と一緒に寝るしかない。夫は仕事一筋で愛想もなくぶっきらぼうだ。子どもの頃から重度のリウマチを患って身体は不自由なモード一方孤児院育ちで学もないエベレット。そんな2人の意思疎通が困難で同居生活はトラブルの連続だった。
▼しかしはみ出し者の2人は絵を描くこと、書くスペースの確保など互いを認め合う。そしてついに結婚する。そしてある時、木こりや魚の行商を営むエベレットの顧客であるサンドラが「頼んだ魚が届かない」と2人の家を訪れる.サンドラはモードが部屋の壁に描いたニワトリの絵を見て、モードの絵の才能を見抜く。そしてサンドラは、「葉書の大きさの絵を描いて欲しい」絵の制作を依頼する。5セントのモードの掻いた絵は評判を呼び、アメリカのニクソン大統領から依頼が来るまでになる。そして映画ニュースや雑誌で紹介されると家の前に人びとは押しかける。
▼雪が積もった冬の風景や暖房のない家で生きて行くのは如何に困難であるか?ある日モードは倒れて、夫は病院に彼女を担ぎ込むのだが…。エベレットを演じたイーサン・フォークを最初に見たのは「二人のディスタンス」だった。彼はユマ・サーマンの最初の夫でもあるが、どちらかというと、今までチャライ役が多かった。こんな演技が出来るとは見直した。
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◇「馬を放つ」「あの娘と自転車に乗って」「明りを灯す人」などで国際的に高く評価されるキルギスの名匠アクタン・アリム・クバト監督がメガホンをとって自ら主演を務めた映画である。中央アジアに位置する山々や草原の美しい国キルギス。村人たちから「ケンタウロス」と呼ばれる寡黙な男は、喋ることができない妻と、言葉を発生することが出来ない息子と3人で慎ましい生活を送っている。騎馬遊牧民を先祖に持つキルギスには古くから伝わる伝説を信じる彼は、人々を結びつけてきた信仰が薄れつつあることを感じている。ケンタロウスは夜な夜な牧場にいる馬を盗んでは野に解き放っていた。ある日、馬を盗まれたボスが、犯人を捕まえるべく罠を仕掛ける。「俺が50万ユーロも払って買った競走馬を盗むとは怪しからん」と怒っている。ケンタロウスは妻とのコミュニケーションを通じて何とか息子が喋ることができるようにしたいと考えていた。男は寡黙だが、他人とのコミニケーションを取るのは得意である。
▼彼、ケンタロウスは競走馬と食用にされてしまう違いがどうしてなのか納得いかない。罠にはまってケンタロウスh逮捕され、村の長老たちの手によって裁判にかけられる。一方競走馬を盗まれた馬主は、ケンタロウスに寛大な処置をと訴える。長老たちはその訴えに納得するが村民たちはそれに納得せず、村を出て行くことになる。村を出ていた妻と子どもは、判決に従って村を一時期出ていたが、橋をわたって帰ってくる。息子は馬を見た途端、思いがけずも「ウマ」と声を出すではないか。
▼男は馬は平等であるはずだから、柵のなかから出してやらなければならない、という熱い信念を秘めて、再び夜陰に紛れて馬を柵から解き放つ。純粋な男の気持ちと姿を通し、生けるものの生命は平等であるという、文化的アイデンティティーが失われつつある現代社会に静かな問いを投げかける。岩波ホールで公開2日目に見た。
▼夕べは定例の「校正」もあった。トップ記事は猫の写真家津乗健太さんを取材して1面トップに掲載させてもらった。事前に原稿をお見せしたが直しは殆どなくて安心した。さらにシネマの2本。新聞記事をご覧になりたいという、奇特なご希望者の方には通常のPCメールのアドレスを教えていただければ、来週前半にはお送りできる。

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