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August 06, 2018

NHKインパール作戦(再放送)で感じたこと…

▼土曜日は月例の築地市場の豊洲移転反対行動の日だった。わたしは観光客の歩く道は混雑して苦手なので、場外市場の方から回り込む。入ってすぐ水神様がある。つい数週間前に市場運営者の手によって閉鎖されてしまった。水神様は神田明神に返納された。理論上この水神様は空っぽである。しかしわたしが通りかかった9時半ころ、空っぽになった水神様にお参りしている、作業員の方がいらしら。脱帽して賽銭箱にお金をいれ深く一礼していた。例え社(やしろ)は強制撤去されてなくなっても、築地にはたらく労働者の、心のよりどころであることには変わりない。
▼わたしは前夜11時半頃、猫ちゃんに点滴をしていた。大体10分から15分で終わるのだが、終盤になると猫ちゃんはむずがる。注射針を抜こうとして瞬間、針は抜けて、わたしの右中指の根本に刺さってしまった。血はしたたり落ちる。消毒して、止血剤の入ったバンドエイドでしっかり止めた。夜中なので病院に電話できない。築地についいてから、いつもの動物病院に電話した。すると「こちらは動物病院で,人間の病院に電話して指示を仰いで下さい」という。そんな事はわかっている。応急処置方法を聞いているのだ。もう猫ちゃんの点滴を始めて10ヶ月くらいになる。最初点滴の仕方を教えてくれた老獣医に「飼い主さんから注射針を自分に刺してしまったが大丈夫か?」という電話がありました。それくらい大丈夫ですから、と聞いていた。指も,手も腫れていないので、そのままにした。他の人に動物病院の対応を話すと、不親切だ、という人と、猫には見えないから大丈夫という人と2グループに分かれた。
▼先週、NHKで昨年放送された「インパール」の総集編を上下二回の約2時間で放映されたので、録画して見た。最高責任者だった牟田口は自分の点数を上げようと、兵站(食料や武器弾薬などの補給物資の輸送)が出来ないインパールを3ヶ月で陥落させて見せると作戦を始めた。ところが大砲なども分解して人力で運ばねばならない道路だった。雨に祟られ、蛭に襲われ兵士は次第に衰弱する。ところが指揮官らは「ここで兵士を5000人殺せば勝てる」と平気で語っている.「殺せば」とは敵の当時のビルマや、イギリス兵ではなく、日本兵を人柱にすれば、という意味である。食料調達も現金がないから「軍票」(軍だけで通用するお金もどきの札という紙切れ,兌換紙幣ではない)を今でも持っている現地ミャンマーの人がいた。
▼日本軍は抜き差しならぬ状態に追い込まれ,牟田口の命令(つまり大本営)を振り切って現地指揮官は退却を命令する。しかし輸送方法もなく、食べ物もなく、連日の豪雨で、日本兵の死者は続出して14万4千人「白骨街道」と呼ばれた。実はイギリス軍は物資のパラシュートによる補給から武器、人員の配置まで周到な準備をしていた。TVドラマ「刑事フォイル」」をみるとその一端はわかる。イギリスは跳躍爆弾を作ってドイツのダムを破壊する作戦を練っているのだ。結局数万人の日本兵をむざむざ殺して、将校ら幹部は撤退する。だが戦後作戦に当たった将校らは一人も責任をとらず、処分も、うけなかった。だからトラブルが表面化すると「弁護士など外部の有識者による第三者委員会」などまやかしである。彼等は陸軍士官学校の先輩、後輩の固い絆があり、それで命を守られている。現在起きている数々の不正も結局、明らかにされることはない。

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