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October 29, 2018

この1週間、目の回る忙しさだった。

▼先週は仕事が立て込んでいて、ブログの更新も,ままならなかった。26日は1日で朝から夜まで1万8千歩あるいた日もあった。月曜日だったか、「辺野古の埋め建て反対の,ランチタイム、アピールをする」という「記者向けのご案内」メールをいただいた。24日から26日までの連続行動である。とても全部には出席できない。後半が手薄になりそうだ、というので25日(木)に出かけた。旧知のみなさんが第二議員会館前でアピールを始める直前に到着した。わたしは午後4時半からの会議が控えていたので,三脚はもてず、ビデオカメラだけ持参して手持ち撮影をして2時過ぎ「解散」を機会に離脱した。三脚なしツイキャスなしで、いささか心もとないが、何とか二時間撮影することが出来た。
▼翌日は小川町の原電包囲があった。この日は「原子力の日」という事でかなり大勢の人が包囲に参加した。最初いつもアカペラで唄う日音協の方々は往年のテレビ人気番組「ローハイド」の替え歌で日本原電を皮肉った。「ローハイド」は懐かしい番組である。西部劇TVドラマがブレイクして時代にあって、わたしの故郷の「信越放送」は系列の関係であまり西部劇を見ることは出来なかった。「ブロンコ」「ボナンザ」「ライフルマン」「レストレスガン」くらいだった。当時吉祥寺に叔父夫妻が住んでいた遊びに行ったら、「ローハイド」「拳銃無宿」などを見ることが出来た。故郷に戻って同じ時間に同じチャンネルを回してもノイズはおろか、音声も聞こえて来なかった。進学で上京してから最初に買ったソノシートがフランキー・レインの唄う「ローハイド」だった。それで一生懸命英語で歌うべく熱中したこともあった。
▼「刑事ヴァランダー」4-3「失われゆく者」が最終回だった。彼は自分の父親も認知症だったが、捜査をしている自身も認知症になってしまう。娘の義父・ホーカンが入っていた老人向けターミナルケア施設を訪れる場面が出てくる。舞台はスウェーデンだと思う。その施設の一部屋の広さが、現在わたしの母が6人部屋で入所している施設を同じくらいなので、その広さに驚いた。スエーデンの医療制度については、その隣国フィンランドにお住まいの友人から、その実態を聞いているので、いずれ機会があったら書こう。
▼27日は取材を頼まれていたので、「千葉市民連合」の発足1年集会の「山口二郎」さんのお話しを聞きに行く。事前に主催者にお断りして、ビデオ録画した。わたしは山口氏がSEALDs発足から現在まで何をやってきたかすべて承知しているので、特別ファンという訳ではない。同じ法政ならば作家でもある島田雅彦の方が好きだ。10月27日千葉市民連合一周年賛同者集会 山口二郎さんの講演:
▼昨日は、公開二日目の「ガンジスに還る」を見るために、岩波ホールに出かけた。感想はいずれ書こう。友人に「自分死んだらガンジス河に散骨して欲しい」という友人がいるので、その時、わたしに体力が残っていたら行くことになるかも知れない。
▼映画が終わって外に出ると、「古本市」をやっていた。しかし人が多すぎて,目的の本を捜しにくい。ヤマトは沢山買った人のため、配送サービスをやっていた。商売熱心で偉いぞ。さらに歩いていると(右)の街宣車が「抜刀隊」のメロディを流していた。今日は何かその筋の記念日なのか?しかもレコードかテープの音が割れていて、マニアでないと何の曲か全く分からない。この官軍を称え戊辰戦争の「朝敵」を罵る歌は、現在の自衛隊や機動隊などでも堂々の行進曲として使われている。
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小川町の「牛とんかつ」
▼岩波ホールへ行くといつも小川町からめぼしい古本屋を見ながら秋葉原まで歩く。いつも原電抗議に行くとき地下鉄を上ったところに、美味しそうな「とんかつや」があるので、入ってみようと思っていた。牛肉だったので固かったが味は良かった。


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