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February 18, 2019

金曜日の第二議員会館から→日曜の豊洲マルシェまで。

▼いろいろ野暮用があって、中々ブログを書く時間が取れない。金曜日は久しぶりに第二議員会館前にでかけた。参加者は両方の指で数えられるくらい。わたしは数にはこだわらない。自分が必要だと思う集会には出かける。しかし相変わらず「ネットだけの応援」の方が多い。そもそもネットというのは意思伝達の手段であると考える。現実にアメリカのネット状況の番組を見ると、貧困で家や食料がなくて困っている様子がYouTubeで流れると、たちまちその人達を助けようという組織が立ち上がる。日本?年越し村が出来ていこう、炊きだし援助の団体はいくつかあるが、ネットを見ている人が食料を保って応援に来ているという話しは聞かない。
▼3年前に東電前で311の被災者支援と東電抗議集会があった。そこで、落合恵子さんが登場したとき、わたしのツイキャスに「レモンちゃん応援しています、頑張って」と書き込んだ人がいたが2年前と昨年は、ネットにもでて来なかった。8日も議員会館前には中継カメラは4台あった。わたしは知らん顔して他の人の画面を巡回して視聴している。すると半年前まで、わたしのところに応援に来ていた人が他の人のところにちゃっかり登場している。わたしは云いたい事を言うから嫌われているのかも知れない。上等!上等!あのチュニジアのアジサイ革命はとうなったかご存じだろうか?当時フェイスブックが、もてはやされたがそれは鎮火して、別の方向に向かっていいる。フランスや韓国を羨ましがっても仕方ない。はっきり云って抗議の現場に姿をさらさないと、ネットの応援は何も意味ない。野田佳彦が首相だったとき、当時の抗議の様子を記者に聞かれ「大きな音だね」と云った話は有名である為政者はネットで自分が批判されるのを見るほどヒマじゃない。ツイキャス画面に書き込むヒマがあったら、わたしの友人のように毎週一通各電力会社の社長宛「原発はすぐ中止してください」と肉筆の手紙を書いた方が効果ある。もしくは首相官邸に「肉筆の手紙を出す」。もしくはNHKの報道に腹が立ったら、NHKあれ手紙を書く。62円で出来る具体的な抗議をやって欲しい。ネットでいくら叫んでも、気休めと自己満足だけで、全く意味はない。
▼わたしは311以降、しばらく津波が怖くて事故から3年くらい、テレビを見ることが出来なかった濁流が街を呑み込む様子が怖かった。関連してフクイチの壊れた建屋の様子が、佐川急便のデザインと似通っていて、街でトラックにすれ違っても怖かった。日曜日午後、NHKで「あの日あの時、あの番組」が放送された。MCはNHK北海道の森田美由紀、ゲストは被災地出身の生島ひろし。生島は場違いなルイ・ヴィトンのマフラーを巻いて登場した。なぜ海が燃えたか?は船の重油がダダ漏れになっているところに、巨大プロパンガスのタンクが転倒して発火したという理由だった。結論から云うと、姉弟に「もう助からないかも知れない」」とメールしたら。「何とかい生き延びる方法を探して頑張れ」という返信メールをもらって生き延びたという人もいた。要するに「もうダメだ」と思った時が最後であるということだ。もう一つは過去のどこまで津波が来たかという教訓を忘れないことだ。
▼日曜日はある、ご依頼を受けて、豊洲市場の、前にある食の広場「マルシェ」まで出かけた。小池百合子もダボラをふいていた。豊洲市場は築地市場と違ってクローズド型で、衛生的で安全である。さらに豊洲は羽田空港にも近いので海外市場の開拓に繋がる、と。このブログをお読みの方ならが、彼女のあやまちはすぐにして来て切ると思う。ご希望の方はトークセッション『魚河岸と歌舞伎-豊洲市場の未来に寄せて-』メインゲストの市川海老蔵氏が招待されているので、彼が何を喋るか聞きたいということだった。YouTubeの中で海老蔵が初代は深川に住まいがあり、その縁で成田山新勝寺に行くことになったと喋っている。 七代目團十郎が「市川流」の「歌舞妓狂言組十八番」の制定を公表したのは、 天保3年(1832)3月の市村座で「助六」を演じ、息子海老蔵<えびぞう>に八代目團十郎を襲名させて自分は海老蔵と改名したときのことでした。 七代目團十郎が「市川流」の「歌舞妓狂言組十八番」の制定を公表したのは、 天保3年(1832)3月の市村座で「助六」を演じたときだった。息子海老蔵<えびぞう>に八代目團十郎を襲名させて自分は海老蔵と改名したときのことでした。初代團十郎は「歌舞伎18番」を創案した人物である。しかしその18番も今となってはすべてわかっていない。團十郎の家系は勧進帳など、荒事が得意である。團十郎と言えば「助六」が一番知られていると思う。頭痛持ちの主人公が頭に紫色の鉢巻きを巻く。これは頭痛除けのまじないだ。その紫色の鉢巻きを團十郎に寄進しているのが、一貫して築地の波除け神社であった。その波除け神社も築地市場の解体工事にともなって江戸の守り神である、神田明神に返納されている。果たして何時戻っててくるかは、まったくわからない。

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