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March 17, 2019

「金子文子と朴烈」を見る

▼我が家から渋谷イメージフォーラムまではかなり遠く感じる。わたしが無料で行く方法は、青山1丁目から20分程歩く。これだとルシネマまで30分はかかる。四ッ谷から赤坂見附で乗り換える方法もある。しかし乗り換えは面倒だ。思案したが半蔵門線で表参道が一番便利だと思った。映画は「金子文子と朴烈」だ。友人から「見るべき映画」の1本だと紹介された。実は「週刊金曜日」2月15日を見るまで朴烈の事はまったく知らなかった。映画は関東大震災直前の日本。朴烈は車夫として働いている。日本人の客を目的地で降ろすと、札は手渡しだが小銭は地面に投げつけられる。拾うと2銭足りない。客に言うと「日本で働けるだけでもありがたいと想え」と足蹴にされる。
▼一方金子文子は朴の書いた詩に衝撃を受ける。それは「私は犬ころである」で始まる彼の詩「犬ころ」である。一遍の詩にであった事から彼女の運命は大きく変わる。関東大震災直後から、「井戸に毒を入れた」等という流言飛語が流れ、自警団による朝鮮人の検問や虐殺が始まる。時の権力者は、この虐殺を隠蔽するために朴と金子を逮捕する。予審の判事は映画の中では、朴を正しく理解しようど努力している。朴は逮捕される前に1度だけ爆発物を造ったとされる。しかしそれはニトログリセリンが手に入らなかったため、「爆発」はしなかったようだ。内務大臣らは朴が天皇家の子を狙っていたとし、「大逆事件」に持ち込もうとする。しかし審理をつづけていると矛盾が出てくる。
▼それは映画をつくった監督らが予審調書や公判記録まで丹念に調べて、ふたりの発言を正確に再現してセリフに生かしていることでもわかる。その難しい裁判記録も内務大臣であった、水野錬太郎の言葉に反映させてわかりやすくしている。実はこの水野は1919年の「3・1独立運動」の時、朝鮮総督府政務総監で、関東大震災の時は内閣を陣頭指揮した男でもある。
▼刑務官らは「市ヶ谷刑務所から出られるのは死体になってからだ」と豪語する。朴は冤罪を逆手にとって天皇制や植民地批判を続ける。傍聴者が法廷でも大声を上げるので、裁判長は最後には非公開にせざるを得なくなる。だが表で暗国裁判を批判する声は法廷内部まで響いてくる。そして出された判決は2名に死刑判決だった。二人はそれにも怯えた様子はない、自分たちの正しさが証明された結果だと、堂々としている。市ヶ谷から二人は別々の刑務所に移送される。その後二人に天皇の恩赦が出る。金子はその後自死するが、真相はわからない。しかし朴は戦後まで生き延び刑期を全うして出所する。獄中結婚した文子の遺骨は朴の故郷に埋葬された。ヘリのパイロットもする某医師は週刊誌で「韓国とそろろそ手を切る時だ」と駄弁を書いている。しかし、こういう実があったのに、日本政府は何もしていなかった事を知らなかったのだろうか?日本人俳優は戦前脅迫を受けながら朴の弁護をした弁護士の布施を演じた人物ともうひとりだけ。韓国では250万人が見たという。日本ではわたしが入った日、小さな映画館に10人足らず、でした。

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