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April 19, 2019

消えない先の用心

▼昨晩「ブログは書いている途中で消えないのか?」というご心配のメールを頂いた。記事を貼り付けたり、画像を挿入する時が一番危ない。だから最近はこまめに保存を繰り返して、被害を最小限にすむようにしている。昨日期日前投票を済ませて来た。わたしは心配性で、もし投票に行こうとして事故に巻き込まれたら1票がムダになってしまう、などと心配している。そこで必ず事前投票に行く。以前は徒歩5分の区立最大の図書館のなかに投票所があった。ところが突然徒歩15分の場所に移転してしまった。旧図書館には千葉大の都内キャンパスがくるという噂である。期日前投票所は新しい図書館に着いてかなかった。かなり不便の所なので、片道はバスで行って、牡蠣フライの昼食を食べてきた。

▼昨晩12chで太川陽介と蛭子がしなの鉄道で列車旅をしていた。この路線はわたしのホームグラウンドである。最初に降りた「平原」(ひらはら)駅には駅員さんはいない、停車場は錆び付いた中古列車を使っている。わたしなら絶対降りない駅だ。さらに別所鉄道の沿線の「無言館」は定休日だった。所詮バラエティ番組だから、わたしが心配することはない。

▼昨夕から今朝のテレビはどこも天皇夫妻の伊勢神宮参拝一色である。NHKのクレジットを見ていると、「必ず公共放送NHK」と出てくる。政府に忖度して本当に「公共」などどはおこがましい。思想家のハンナ・アーレントは民主主義の苗床である公共性のかなめは複数制性にあるという。人びとが多様であることが人間たらしめ、紐帯(ちゅうたい)を生む。均質化は非人間的な臣民を量産するだけだ。差別の否定や、戦争責任・植民地責任の追及のないところに、異なる出自の人びとの間の公共性は作れない。政治意識を欠いた昨今の公共性議論やソーシャル(社会)活動と神道の野合は全体主義をもたらす。

▼だが、NHKBSの「吹上御所の四季」は美しかった。今も黒松が多いのは、日比谷が海の入り江だったから。米粒の大きさの海にしか棲息しないコガネムシがここに棲息しているのは300年も逃げるのを忘れてしまったという話にはジーンとなった。

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