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July 15, 2019

アップリンクで「抗い-記録作家 林えいだい」を見る。

▼名古屋場所で「栃ノ心」が3日目から休場してしまった。彼はグルジア(現ジョージア)出身の力士として知られている。1年ほど前に岩波ホールへ行ったら、初日だったので、高野悦子の従姉妹とかいう方が毎回スピーチをする。その時はジョージア映画で、内戦が続いている頃の話だった。それである場所で好きな女性がいると、「拉致監禁」して自分の家まで強引に連れてきて「嫁」にしてしまう、という驚くべき映画だった。開映に先立つ挨拶の中で「栃ノ心」が見に来て宣伝してくれれば良いのだが…」という。わたしは、だったらあなたが、営業して来て貰えば良いのにと思った。しかし岩波ホールの椅子は木製で固く、しかも小さい。わたしの知る限りギンレイホールよりも座り心地は悪い。しかも椅子は極めて小さいから相撲取りには座れない。そういう事をホールは考えていない。「良い映画を持って来れば客は来てくれる」とでも思っているのだろう。もしかして他の映画館で座って見ていないのだろう。

▼昨日渋谷アップリンクシアターへ行った。初日は満員で席はとれなかったので、2日目の『抗い—記録作家 林えいだい』(2016年/100分) 監督:西嶋真司 製作:RKB毎日放送である。i入り口でM田さんにあった。憲法寄席の常連で、首相官邸前で週に半分くらいは単身トラメガを担いで「安倍ヤメロ」と叫んでいる方として知られている。先月の憲法寄席が終わった時、「抗議の様子をツイキャス中継させて欲しい」と頼んだばかりだった。「Mさんのスケジュールは何を見たら分かりますか?」とお聞きすると「その時の気分でやりますから」というご返事で手帳を開き「火曜日は午後7時まで首相官邸前でやっています」ということだた。

▼さて映画だ。福岡県筑豊の旧産炭地には、今もアリラン峠と呼ばれる場所がある。そこは、かつて日本に徴用された朝鮮人たちが炭鉱に向かう時に歩いた道である。記録作家・林えいだいが、アリラン峠を歩く。重用工は作業着から普段着に着替えているだけで「逃げるつもりだな」と日本人監督から過酷なリンチを受ける。神官をしていた林えいだい氏の父親は逃げて来た朝鮮人を匿っていた。あるときそれが発見され憲兵隊に取り調べを受ける。取り調べとは名ばかりでリンチである。父親は2週間くらいで疲労困憊で帰ってきた。そしてさらに2週間くらいあとの朝行って見ると息をしていなかった。えいだい氏は関東圏ではしられていないが、九州では有名な記録作家である。父親を火葬にしてくれるところはなく、自ら遺体を山に持って行き、火葬にする。一晩待ってその様子を見に行くが完全には焼けていなかった。

▼亡き父の言葉で印象に残っているのは「過去の反省をしないと、その国は滅亡の道しか残っていない」という言葉だった。えいだい氏は東京の大学を中退し北九州の市役所の職員となる。その中で「公害反対闘争」に飛び込み住民と一緒に抗議をするが、役所にはいられなくなる。そして「記録作家」の道を歩むことになる。そして徴用工として炭鉱の奥底で過酷な作業に従事していた朝鮮人の姿をよみがえらせようとする。落盤事故が起きるとそのまま救出することが出来ず、地底に埋められてしまう。さらに逃亡の途中捕まった死亡した徴用工の弔い。朝鮮から坊さんと少女を呼んで懇ろに弔う。少女の「アリラン」の歌声が鬱蒼として山に響く。埋められた目印は小さな石ころだけだ。えいだい氏は荒畑寒村の「谷中村」を読み、自ら田中正造が歩いた道を2日かけて歩いて本にする。

▼いくつかのエピソードで最後に登場するのは、敗戦直前、九州の陸軍特攻基地で出撃準備中の特攻爆撃機が放火された。上層部はこのことが上部に知れたら大変な事になる、と狼狽し、犯人は朝鮮人特攻兵山本辰雄(創氏改名)と決めつけ、すぐ軍法会議で銃殺が決まり、射殺されてしまう。特攻兵を慰問にいった少女たちも憲兵隊から厳しい取り調べを受ける。しかし、どうも真犯人は別人だったようだというのが。林の推測である。戦前は戦争遂行のため。現代では公害のため。弱い国民は常に苦しめられていると言う事を林は生涯かけて告発しようとしていたのだろう。

▼映画は毎日内容が異なります。映画が終わって討論になり、「週刊金曜日」植村隆ヒラ社長(本人自称)が登場しました。植村さんは朝日にいたとき「従軍慰安婦」問題を書いて右勢力の圧力で社を追われ、新しい就職先もキャンセルになる。さらに「やめねければ娘を殺す」と脅迫されていた方です。このドキュメンタリー映画を作るためのクラウドファンディングが始まりました。目標は300万円です。ご協力下さい。

▼DVDレコーダーは修理に出して1週間後に電話が掛かってきた「曰く「古くて修理不能である」と。わたしは「捨ててくれ」と応対した、しかし家電メーカーは手続きが必要だから1度こちらに来てくれという。映画の帰りに立ち寄る。それで無事廃棄してもらった。この録画再生マシンは買ったとき5万円くらいした。見せてもらうともう録画はHDDでやっているから必要はない。ブルーレイの再生機能も入っていて1万3千円だった。これはエアコンを購入したときのポイントで買えた。しかも311事故の東電本店と支店社内のてんやわんやのブルーレイも買ったまま見ることが出来なかったが、これで皿(ブルーレイ)を買って3年目に陽の目を見ることになる。

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