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September 09, 2019

亀戸事件犠牲者の抱擁に参加して。

▼昨日近所だったので「亀戸事件の法要」に出かけた。ご存じかも知れないが、関東大震災から数日後におきた事件である。10名の労働組合活動家、政党創世期の活動家が、地震で被災した人びとの救援活動をしていたところ、亀戸警察に逮捕監禁され、習志野騎馬隊の兵士らによって銃剣で殺害された事件である。今もネットで検索するとバラバラに、切り刻まれた凄まじい切断遺体の写真を見ることが出来る。一体何の恨みがあって、このような残虐な行為をおこなったのだろうか?おそらく天皇性に反対するとこうなる、という見せしめだったのだろう。

▼写真は残っているが、その遺体はどうなったのかは分からない。昔の地図を当てはめると、旧いなきやあたりに亀戸警察があったと思われる。最近出版された「9月東京の路上で、1923年関東大震災ジェノサイドの残響」加藤直樹著によれば、ネットカフェの辺と書かれている。亀戸警察の記念碑は現在、さらに北にある香取神社の境内に置かれている。殺害に当たっては叫び声や苦悶の声が外に漏れないように、銃声を使って隠蔽したと言う。

▼おそらく法要を行った寺院もその敷地の一角にあったのかも知れない。集まったのは150名くらいだった。猛暑だったので、受付で冷えてペットボトルのお茶と飴が2個配られた。YouTubeをご覧になれば分かるが、住職による法要は40分くらい。あとは参加者の挨拶などだった。朝鮮人虐殺は6千人にも及ぶので広く知られている。しかしこの事件は10名だったため、多くの人に知られていない。最後に石川島播磨造船所で働いていたの労働者合唱で締め括られた。「南葛労働者」の歌など最後まで効いたのは、初めてだった。南葛とは亀戸から大島(おおじま)8丁目辺りをさす。昔の地図でみると、JR亀戸の南に「東洋モスリン」の工場があった。大島の方では平沢計七らが金属労働者を組織していた地域になる。平沢は友愛会(連合の前進)の専従になるが、路線が違うので除名され、資本から独立した先鋭労働組合に入り、別の道を歩くことになる。

▼最後はツイッターで紹介した亀戸事件犠牲者の記念碑の前で献花があり、石川島播磨の労働者の歌声の中で花を手向けて来た。お土産に亀戸の紅葉饅頭のような物を頂いて来た。

9月8日亀戸事件95周年追悼集会2) youtu.be/J9tgajSuUOw

9月8日亀戸事件95周年追悼集会1)youtu.be/CyMB87J7o1E 

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