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October 27, 2019

土日の連続行動はさすがに疲れた。

▼金曜日は雨が強くなる一方なので、皆さんと相談の上、アクションと中継は取り止めた。ご存じのように雨足は強くなる一方だった。現場にいらっしゃる事が少ない方にはお分かりにならないかもしれない。雨が降ったら、防水加工をしなければ中継はできない。中継カメラとWifiをビニールで覆わなければならない。さらに夜だと照明の機材、バッテリーも保護しなければ、暗闇のカラスになってしまう。金曜日は条件が悪すぎた。行っても中継無しである。それでは自己満足で終わって仕舞う。3時半頃、相談で中止を決断した。

▼千葉市に住む友人は住んでいる団地のメインロードが川のようになっていて誰も歩いていない。雨傘に雨合羽を着てあるいていたが、下着まで濡れてしまったという。もしも官邸前に行ったら、撮影機材は浸水で大損害を出していた。買い換えるお金はないので3年間くらいツイキャスは中継になってしまう。

▼土曜日は、原宿で[PUMAはイスラエルサッカー協会へのスポンサーをやめて。原宿アクション」があった。今回は席に者と顔見知りなので、前夜に了解が得られた。撮影が事前の撮影許可をとるのに一番時間がかかる。今も11月上旬の撮影交渉をしているが上手くいっていない。誰か撮影交渉のマネージ-やってくれないかな?どっかの誰か見たいに、いきなりおでましになって黙って、いきなり三脚開いて撮影なんてとても出来ない。世間の常識ではとても通じない。

▼土曜日は原宿。で皆さんは改札から移動していた。責任者を見つけて「顔出しノーの方はいませんか?」と聞くと一人いらして、その方はお面を被っていただいた。しばらくして旧知のX嬢が偶然やってきた。モンサント以来である。具体的なイニシアルを書くと叱られるので書けない。駅前からPuMA前に移動して暫くすると警察がやってきて「煩い」という住民の苦情が来たという。中継見ているだけでは分からない苦労がたくさんあるんです。ツイキャスをご覧のみなさんにお願い。きょうの日米合同委員会反対行動には沢山の公安私腹刑事がやってきた。彼等もまた現場でツイキャスを見ている。だから個人情報が分かる書き込みは一切止めて欲しい。

▼日曜日は、日米合同委員会反対、ニューサンノーホテル前行動 があった。前回迷ったので地図で詳しく調べた。中途は省くが、新橋から6晩の都バスにのって天現寺で降りればいいのだ。現実に朝は家から1時間で行けた。11時には現地に着いていた。しかし抗議が終わって停留所で新橋行きのバスを待っていたが渋谷ハローウィンのためか、2本間引きされてして40分待たされた。もうダメだと思って途中駅の赤羽橋行きのバスに乗った。ところが途中で似非右○の人たちが「竹島を帰せ」とかで信号を無視して街宣車で信号無視して大暴れ。これでかなり遅延した。赤羽橋は原子力規制委員会に行く時使う駅である。大江戸線にのって無事帰宅出来た。明日は東電抗議があるが、土日お休みした方は是非お運び頂きたい。東電抗議は実際に人は減りつづけている。リツイートして満足して終わらないで、現場に抗議においで下さい。わたしはほぼ同じ時間、日米FTA審議入り反対の首相官邸前で抗議だ。

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October 21, 2019

亀戸団結まつりであった人たち

▼忙しさに追われているから、メルマガの誤字が多いと、家族からクレームが付く。途中まで作りかけて「亀戸団結まつり」に出かけてしまった。会場の最前列は既に埋まっていた。出発する時間を10分ほど間違えてしまったからだ。ちょうど福島瑞穂さんの挨拶が終わったところだった。最前列には横浜のSさんがすわっていらして、「随分ご活躍のようですね」と言って下さる。Sさんは反原連国会前の常連さんで、知りあって5~6年になる。かつてノスピーチで「俺は北海道のA高専出身で、当時全共闘をやっていた。俺と同じ年代の連中は何をやっているんだ。家で孫の顔見て酒でも飲んでいるんじゃないか?国会前に出て来いよ」とハッパを掛けていた事があった。その後松山の公園伊方原発再稼働反対の集会があったとき、集団でいくと洗脳されると嫌だと思い、単独で参加した。そのとき、会場でご挨拶したら、「どこかで聞いた声だ。ああ、反原連国会正門前だ」と気づいて下さった。

▼Sさんとは雨の警視庁前で、「不当逮捕されたテントのFさんを釈放背よ」抗議したときのツイキャス中継でもお会いした。暫くして経産省の脇で毎週金曜日演奏をしている方が見えた。「団結まつりに出演を依頼されたが、どういうものか見当がつかなかった。そしてYouTubeを検索したらわたしが過去に撮影した「まつり」が出て来て助かった、というのだ。この方はTさんとおっしゃる。1度名刺をお渡ししたら、新宿の大成建設の前で埋め立てに抗議する集会をしているが、ある日の朝は早いのでいつものKさんが撮影できない。代わりに来てくれないかというメールがあった。これがわたしの沖縄問題の関わりの出発点である。不思議なご縁である。それがMXTV抗議へと繋がっていく。

▼木製の椅子に座っての4時間半はけっこう消耗する。過去の経験からコンビニでおにぎりとサンドイッチを一個づつ買っていく。そして会場で争議団の豚汁を買って食べた。ツイキャス中継をしていたら、「きょう団結まつりとは知らなかった」という方がご自宅から駆けつけて、親切にも挨拶に見えて下さった。ネットでいくら「会話」しても絶対親しくはならない。頼まないのに「来て下さる」という行為が重大なのだ。

▼この日の最大の目的はジョニーHさんの演奏を撮影することだ。というのは弁護士会で「憲法ビデオコンクール」を開催したが、あまり応募がないという。有楽町駅前街宣で、2度も「是非応募してくれ」と弁護士さんから頼まれていた。その趣旨をジョニーHさんにお話ししてご協力を頂いていた。だから演奏時間のズレが刻々お知らせくださった。最初は2時半だったが、最終的には3時過ぎるという。ビデオの方は何時間、保つか分からない。予備の電池もカードも持って来なかった。後半全録画を止めて時間とバッテリーを節約した。大漁節を演じたあすなろちゃんは素晴らしいかった。

▼演説することが何よりも楽しみという人びとが多く、最後は3時半を回った。わたしは近道で帰宅する。東武亀戸線の脇を歩く。工事のためか近道は封鎖されている。やむなく緊急避難で、かなり危ない部分を無事渡りきる。

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October 19, 2019

司馬遼太郎の「街道をゆく9巻信州佐久平みち」を読む。

▼今朝NHKの「ガイロク」の録画を見て涙を流していた。長野県出身の女性なのだが、父親がベッドに寝たきりになるのを知り。職場を辞め実家に帰り介護をし、最後に婚約していた男性と結婚するまでの話。バージンロードを歩行補助器具を使って歩く父親には涙が止まらなかった。

▼昨日のNHKラジオ「きょうは何の日」というコーナーがあった。昨日は「伊勢湾台風60周年」だった。そのときわたしは中学3年生だった。実家の隣りには「お宮」(ブログでご紹介した日露戦争の慰霊碑があるある場所)、そこには直径3mくらいで樹齢300年の欅(かやき~があったが、根本からポッキリ折れて大騒ぎになった。そして隣りには叔父の家があった。しかし余りにも風が強いので、我が家に避難していた。そしてあるとき叔父は自分の家を振り返って見たら、「あ、おれの家の屋根がない」と叫ぶ。屋根がすっ飛んでしまった事に気づいた。それほどの暴風雨だった。それからは我が家が潰れては大変だ、とみんなで二階の雨戸を抑えていた。母は「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と呟いて心をおちつかせていた。わたしには、その母の呟く「南無阿弥陀仏」の声が不気味に聞こえた。

▼そのちょっと前にわたしは外の様子を見に行った。すると雨が当たった腕がブツブツに腫れ上がって締まった。雨の力もそのように強かったのだ。わたしが雨が止んでから親戚を周り状況を話し、復旧の手伝いに来て欲しいと自転車で回った。全て回ると10kmはあるが山に近いところでは俺が巨木が道路をふさいでいて、容易には走れなかった。

▼ひと月前の高校の同級会の時、T大工学部を出て造船会社で原発の部品を作っていた男がいた。彼は日本の電力不足を原発で解決出来ると、当時は信じていたのだ。彼がわたしに「司馬遼太郎が小諸を書いた本を読んだことがあるか?」と聞かれた。司馬は「坂の上の雲」しか読んでいない。図書館に注文したら文庫本「街道をゆく9巻信州佐久平みち」だとヤマカンを付けて借りたが正解だった。わたしの大好きな武将、木曾義仲も佐久が馬の産地であることを知り、ここを一時期根城にしていたようだ。肝心の部分は小諸の懐古園のなかにあるソバ屋がとてもまずい。という話だ。「とにかく大衆食堂の一軒にはいると、こういう店における時代の象徴ともいうべき仏頂面の女の子がデコラのテーブルを拭いていて、声をかけてもふりむきもしなかった。定年を過ぎた編集部のHさんが辞を低くして女の子に何かはなしかけているのだが、背を向けたまま顔も見てもらえない。やがて女の子が不機嫌そうに背をのばして、「何か注文するのかね」というようにHさんを見た。アウシュビッツのナチの下士官というのはこういう具合だったろうと思われた。」後は本を借りて読んで頂きたい。

 

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October 18, 2019

雨の日の抗議撮影は辛いよ。

▼夕べは前半かなり雨が強かった。完全装備で出かけたが、カメラのセッティングで身体は濡れる。ビデオだけでも良かったのだが、サービス精神旺盛なので、ツイッターの機器も持参した。全てに一つ一つスーパーで貰う薄いビニール袋をかけた。一番重要なのはWifi。次がカメラの役割りをするスマホ。これはiPhone3で可成り古い。iPhone以降は完全防水になっているが、これは通話とメールチェックのメインに使っている。あとカメラの電源である。

▼この日いつも参加している皆さんにお土産があった。実はこれが重量があった。雨の日運ばなくても良いのだが、自分の部屋を早く片付けたかった。完全防水のレインスーツだが少しは雨水が身体に入ってくる。リュックも三脚ケースもずぶ濡れだ。これは大きなゴミ袋を持って来るのを忘れたからだ。ま、抗議は一時間余で終わったが、全身濡れているので帰途の電車のシートには座れない。YouTubeのアップロードはマウスでクリックして完成ではない。データの映像への変換作業が撮影したのと同じ時間がかかる。せっつかれてもこれは、自分の力ではどうしようもない。食事も風呂も我慢して、作業をしているが、視聴者からは矢のような催促がくる。今後ツイキャスをご覧になっている方は翌朝まで待って頂きたい。こちらも夕食ぐらいはゆっくりしたい。次回から翌朝作業完成と割り切ることにした。重い荷物をリュックで運んで立ちっぱなしで撮影ははっきり言って疲れます。わたしは放送局の社員ではありません。ツイキャス中継を見たみなさんはYouTubeのアップを翌日まで待って下さい。普通のツイキャス中継をしている方は、ビデオ撮影の動画を同時並行してやっていません。そこを理解して下さい。帰宅して機材は全部ぬぐって水滴を取り、可能なモノだけ外に干した。三脚も1本1本、水滴をぬぐうのだ。YouTubeあくまでも仕事で参加出来なかった人のために記録用と、妨害者の防衛用して撮影しています。

▼ネットをみていると、原宿辺りの高級マンションの広告がでている。15階くらいで最上階が1LDKで7000万円。良い値段だ。付近の店を見るとコンビニが2軒だけ。災害が起きたら徒歩で上下に歩くか?しかも災害時にはコンビニは食料はゼロになるぞ。とてもこんな所に住めない。わたしにはお金もないけどね。夜は地下鉄とバスで移動する事にしている。しかし老いも若きもみんなスマホを夢中になっていじっているな。マンガやライン、それにゲームが一番多い。このままでは政府のコントロールで動く人間ばかりになるな。何故って自分のアタマで考えないからさ。荻手にスマホを持ったまま歩く人もあるが転倒すると大けがするぞ。

▼昨日首相官邸前で話した小海線は「小諸→中込」だけ再開したようだ。ここだけ動かないと新幹線にものれなくなってしまう。

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October 16, 2019

糞詰まりのタワーマンションは当然のなりゆき。

▼また。30行書いて消えて仕舞った。気を取り直して書き直す。昨日昼間は仕事で1万歩あるいた。夕方生協の宅配を整理して、時間ギリギリでバスに乗る。Bさんから先週、短パン、Tシャツは止めた方が良い、というご忠告を頂いたので、薄いコートを羽織って出かける。しかし時間が立つにつれて寒くなる。金曜から、冬支度だな。麹町警察署の刑事(公安か)が官邸前でプラカードを拡げるのは困るという。皆さんにプラカードは記者会館側にして貰っているという。そういえば「沖縄辺野古基地建設反対」のみなさんもそうだ。それは納得して実行する。

▼もう一つ「原発事故避難者の借り上げ住宅の追い出し反対する集会」もあった。最近は多少顔見知りも増えたので、素通りして貴宅しようと思っても、中々簡単にはいかない。その中に某紙記者やKさんもいた。Kさんも体調は悪いはずなのに「反原発集会」には無理して出て来られる。反TPP、日米FTAがドレンドで反原発集会に背を向けている人に聞かせたい。再稼働阻止ネットの月一回の東電本店合同抗議くらいには、いらして欲しい。わたし一人では手(足)がまわりません。

▼例のタワーマンション事故。一時期「他人もうらやむ」ステータスシンボルになっていた。わたしは貧乏で大金もないが、こうなる事は分かっていたので清閑していた。取水口は消防署の管轄で1階に設置しなければならない。電源も屋上に水を汲み上げてから下の各階に下ろす。そんな事は自分が住んでいる小さいマンションの役員を何度も経験しているから承知済だ。しかしタワーマンションの住民は窓からの景色しか見ない。それに価値があると勘違いしているが、所詮砂上の楼閣である。晴海に建設中の選手村タワーマンションも怖い話だ。

▼今回の水害で大きな屋敷、田地田畑、車を持っていた中産階級ほど被害は多い。昔の快適な生活を取り戻すには容易ではない。それも過去300年、400年前の出水事故の経験を生かしてこなかった行政に生かしてこなかった政府、自治体の責任は大きいと言わざるを得ない。細かい事は昨日官邸前で喋った通りである。

▼友人の一人は箱根駅伝を生き甲斐に1年生きている。しかし箱根登山鉄道はひん曲がって、いつ復旧出来るかメドがつかない。どうやら中止になるらしい。その人は「自分の生き甲斐を奪ってどうしてくれる」と叫んでいる。復旧作業にボランティアで行くか。億単位の資金をカンパするか?

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October 14, 2019

台風19号一過で考えた。

▼読者の皆さんの地域では、台風19号の影響はありませんでしたか?わたしの生まれ故郷の長野でも甚大な被害がでました。そもそも千曲川はン欄するような河川ではありませんでした。少なくとも佐久地域までは流れは穏やかな河川でした。ところが上田では別所電鉄の橋が流され、事実上不通になってしまいました。従兄弟は一駅目の所に住まいがあります。しかし低地なので夜中に避難命令が出て、家族で一時避難しました。ブログとメールによれば、避難所がいずれも満員でたらい回しされたようです。長野市は悲惨な事になっています。放送を見ていると「林檎の収穫時期」で心配と言っています。わたしが心配なのは、米の収穫取り入れが終わっていないことです。これは千葉県もそうです。今回は米所が一様に被害にあっています。ということは来年、日本人が食べる米がない、という事です。まさにアメリカの思惑通りに事は進んで行きます。この点が報道には欠けています。

▼わたしの場合、荒川の決壊がいちばん心配でした。これが決壊すると東京の江戸川、江東、墨田区など下町一帯が冠水します。荒川は元々荒川放水路と呼ばれていました。これは江戸時代末期から明治にかけて、氾濫が多かったので掘削され、新しい放水路が計画され、昭和5年に完成したものです。今まで手直し、手直しで何とか保ってきました。しかし氾濫したら、わたしの住んでいるマンションの4階まで浸水すると、ハザードマップに書かれています。

▼19号台風が接近するに従い、自宅の浸水の心配を考えました。まず火曜日に完成しなければならない仕事は片づけました。PCのデータは外付けHDDにバックアップしてこれだけ持てば逃げられるようにしました。次ぎは連休明けネットが不通になる事を考えて、「送るべき情報は送信を終えました」。燃料と水、若干の食料はありましたので3日程度は何とかなります。そして最後に友人宛、浸水があった場合、火曜日の官邸前行動には参加できないとメールしました。しかし20日起きると浸水は免れましたが、食欲はありません。しかも下痢気味で、頭がふらつくので血圧計で計測すると上が160ありました。それからは横になっていました。薬を飲んで3時間もすると血圧は落ち着きました。

▼しかし家の浸水は恐れていましたが、最悪N市の義姉の家に厄介になろうと決めていました。義姉は夫君に先立たれ今は単身で公団住宅にクラしています。しかし友人からは「一部屋あいているから、いつでもどうぞ」という連絡を頂いた時は、催促やお願いをしたわけでもないのにと、涙がでるほど感動しました。

▼今までの治水事業は上流に堤防を作るだけで、下流の事を考えて来ませんでした。いわば土建屋優先の治水事業だったのです。これを見直す時に来ているように思えてなりません。

▼さあ、明日リツイートだけで全く動く気配のない人たちは、何人国会前に来て下さるのだろうか?リツイートだけでいかにも「参加」したつもりになって終わりだろうか?日本の参加型民主主義の道は遙か遠い。

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October 11, 2019

武器見本市に反対するママの院内集会に参加する

▼水曜日の官邸前アクションが終わって、貴宅し、これで今週は終わりだとホッとしていた。わたしは情報収集のため、幾つかのメールマガジンに入っている。その一つに「明日10日武器見本市に反対するママの会が明日、省庁に申し入れをして、午後から院内集会を開く」と告知されていた。ツイートするとすぐ「ママの会」からリツイートされた。これは何とか取材しなければと思って。「編集長の取材提案メール」を送って寝た。翌朝、午前9時に「ぜひ取材したい」と電話が掛かってきた。「わたしが何とか行ける」という事で早ひるめしを食べて機材一式を担いで出かける事になる。もちろん事前にママの会NAJATの杉原さんに撮影許可を取り付けた。参院議員会館に入ると顔見知りの人数人にお会いする。三輪さんの顔を暫くお見かけしなかったので、病気かと心配していたら、「ヨーロッパに行っていた」とのことだった。舞台左手前から3列目に陣取る。入ったらK夫人から挨拶をされる。夫君とは仕事のお付き合いがあるが、奥様とはこういう場所でしかお会いしない。三脚を組み立てていると、ビデオカメラを忘れたことに気づく。まぁ今日はツイキャスが出来れば良いと、自分を納得させる。しかし良い画像を撮影しようと思って「ライブシェル」だけは持って来たのだから、間抜けな話である。

▼会議が始まり、わたしの隣りに座っていたのが、メインの講師の西川純子さんだった。テーマは「軍需産業と武器輸出、アメリカと日本の関係を中心に」だった。「軍産複合体」のお話が中心だったが、声が小さく殆どの人は聞き取れなかったと思う。わたしは仕事になった取材が出来なくては仕方ないので、ICレコーダー同時に回しておいたので大丈夫。2時間の会議が終わったら集合写真を撮る時間が残っていなかった。それでも顔見知りの元議員たちがいたので撮影を頼まれる。名刺をわたされ、「後で送ってくれ」とも頼まれる。会議をしている間にも「校正を早く戻してくれ」というメールがはいる。わたしがどこで何をしているか、分かっているはずなのに…。「5時半以降に戻す」と返事をした。しかし帰宅途中足もとがふらつく。かなり荷物が重く感じた。疲れているのかな-。家族から「帰りにバナナを買って来て欲しい」というメールがはいる。家の近くの大型スーパーに行ったがバナナは全部売り切れだった。入荷ストップしたのか?熟成倉庫の事故か?

▼帰宅してツイキャスの書き込み記録を見ると「字幕を入れて欲しい」というのを見て驚愕する。おいおい、わたしがどんな思いをして15kgのリュックと三脚を持って行っているとおもっているんだい。字幕には専属の人とPCを配置しなければならない。あなたが機材一式を持って無料で参加してくれるなら考えないこともない。テレビの見過ぎだよ。あの高田純次の「じゅん散歩」ですら30人くらいのスタッフ連れて撮影しているんだからね。わたしは近所で撮影している様子をこの目で実際見ている。画質が悪いとか、音声が悪いとか色々要求して来る人は元日を知らなすぎる。こっちは後期高齢者がたった、一人なんだよね。

▼昨晩、ツイッターのフォロワーが2700人を突破しました。

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October 08, 2019

♪水割りのグラスに写る細面

▼何で国益に背くことに外務官僚や大臣が簡単にサインしてしまうのか?今朝はのTVを見て非常に脱力感を感じた。ときどき、友人がわたしのツイッターを見て意味不明の「見た」という印を入れて行く。この人は何を考えて居るのだろう。いま現実の世界で起きている事に危機感を抱かないのだろうか?黙って言われた事をこなして日常生活を過ごしていれば次の日がやってくると、考えている人がいたら、おめでたい。

▼日曜日は有楽町マリオンの前で「日米地位協定に反対する」【10月定例街頭演説会】檄!小異を捨て大同に 「日米地位協定」の全面改定を要求する街宣があったので、事前にお断りした上で、中継させて頂いた。口先だけで「日米地位協定反対」を言う人はいるが、実際に街頭で自分の意見をいうのはこの人たちだけである。そこにわたしは共感する。この日は街頭宣伝をする方々と私腹警察官の数はほぼ同じだった。

▼この数日間、家族が西方面に旅行をしていた。一応食事の下準備はして貰っていたが、手際良くできないので中々「大変」である。だが事態はめまぐるしく動いていく。街宣に行く前は午前6時に起きて録画したWOWOWの録画ビデオ「君の秘蔵を食べたい」のアニメ版を見た。ああこういう話だったのか。その後NHKBSで「農家めし」を見た。この日二人は青森に行っていた。そして「辛いピーマン」なんばを作っている農家に行っていた。わたしの生まれ故郷では「ピーマン」という呼び方はなかった。その代わり「なんばん」と言っていた。ピーマンという言い方は昭和40年以降だと思う。そこの農家で「なんば」料理をご馳走になっていた。

▼その時農民が唄った歌に「里見浩太朗」の「花冷え」の一説が出てきた。「水割りの、水割りの グラスに写る細面」なんばを食べながら聞くと痺れると農民は言っていた。しかしなんばは腹が減ったとき、空腹は満たさない。昨晩は首相官邸前で「日欧EPAに署名するなアクション」があった。ツイッターでは盛り上がったが、いつもと同じメンバーだけだと思って覚悟していった。しかし中盤、ふだん見慣れない女性が見えて、「プラカードを持たせて」とご依頼されたので戸惑った。案内を見て「いるにいられない気持ちになった」とおっしゃる。はっきり言って根ネットで盛り上がって一歩も足を踏み出せない男は、当てにならない。食や孫子の将来を心配するというのは、ごく常識的な考え方である。江戸時代末期の「日米通商条約」交渉と同じ「悪法」である。文字通り「アメリカの言いなり」で農薬や化学物質で汚染された食料を買わなければならない。

 

▼それは拒否出来ないから始末が悪い。種子もアメリカやモンサントに握られ、勝手に自作出来ない。多くの人はファストフード店や、牛丼の吉野家で食べれば良いと思っているに違いない。はっきり言ってMバーガーなど食以上食べられない。牛丼チェーンも検査をすり抜けが牛肉など恐ろしくて食べられない。食材も今後安定的に入って来るかどうか分からない。

▼真面目に休耕田を借りるか、遊休畑を借りて自作するしか生き残る道はない。終戦直後、都会の人が空腹に我慢できず高価な衣類を持って食べ物を求めてやってきた姿を思い出す。1時間半の抗議が終わって衆院議員会館の前間で来るとかむろてつさんが単独でスピーカーのモノボッドを持って「日米FPA反対」の抗議をしている姿にであった。軽く挨拶だけして通り過ぎたが、たった一人で抗議をするてつさんは、まるでイエス・キリストのように見えた。

 

 

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October 04, 2019

3日、首相官邸前の二つのFTA反対行動

▼午前8時半頃からネットの動きがおかしい。ケーブルTV会社のメインテナンスの日だったかな?昨日朝、地元の消防署から電話があった。3週間前の「救急救命教室」の終了証が出来たので、受け取りに来て欲しい」という内容だった。実物は官邸前で何人かにお見せした。要するに「AED」は心臓が止まった時も、脳に血液を送るシステムである。それを見つけて装着するまで、「人工呼吸」や心臓マッサージをしなければならない。その手順を学ぶ訳である。心臓麻痺、脳出血などで倒れた時、わたしの側にいれば、多少命を長らえる可能性がある。

 

▼農民連の、日米FTA反対行動に4時に現地へ行っていたので、最初から撮影出来た。農民連の委員長さんとは古い知り合いである。「ツイキャスによる撮影許可願い」を出しておいたら、「OK」の返事を貰った。官邸前で担当舎の事務医局次長さんとお話ししたら、担当者はわたしの事を知っていた。抗議の内容はYouTubeでご覧頂きたい。農民連さんの抗議の部分は132人がご覧になって下さった。後半の「日米FTA反対官邸前アクション」の部分は29人がご覧下さった。2部の最後に暴力団員風の男が「煩い、止めろ。」と文句を言ってきた。警戒中の警察官に「こんな事を許しておいて良いのか?」とも…。こちらは官邸前の公道で国民の権利として発言する権利はある。と主張してひっこめさせた。

 

▼撤収しようとしていたら、熟年の女性が「有志の人たちの日米FTA反対の抗議は終わったのですか?」と語りかけて来た。ツイッターを見ていたら止むに止まれぬ気持ちになってやってきた」という。99%の方はツイッターだけで終わって、現実の抗議には絶対来ようとはしない。わたしがあれこれ意見を言っても仕方ない。しかしツイッターの呟きは呟きでしかない。絶対に政府に対する圧力にはならない。

▼それも終わって「議員会館」の前に3人で歩いて行くと、後ろから「おそろいでどちらへ」という、かむろてつさんの声がした。単身でスピーチに向かっていた。スピーカーのモノポッドをたてていると、警察官が数人で取り囲む。「何をするのか」「責任者は誰か」「何人集まるのか」という、いつもの嫌がらせである。てつさんは適当に煙に巻いて、スピーチを始める。「わたしは思うんです。若い女性には【乙女】という美しい言葉がある。しかし男性にはない」、と。言われて見ればその通りだ。わたしが住んでいた小海線の、小諸から2つめの駅名はその「乙女」というが、その理由は分からない。西村京太郎の「高原列車殺人事件」の舞台になっている。この部分は小海線と信越線が並行してして走っているので、それがミステリーとなっている。「乙女」に変わる男性の美しい名前、「乙武」だけは避けたい。

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October 01, 2019

記者を香港に配置しているらしが、記事を書かない「朝日新聞」

▼昨晩の首相官邸前抗議は、我々よりも右田隆さんが30分ほど遅れて偶然おみえになった。それで後半飛び入りで「アベヤメロ!」」コールや歌を唄って盛り上げて下さった。我々のメンバーの中には「歌」を歌う人はいないので、とても新鮮だった。帰宅してYouTubeにアップしてみると、ライトの照明が暗く感じる。かといって荷物はこれ以上増やせない。ツイキャスを止めてビデオだけにするのも、一つの選択肢だとも思っている。荷物は半分になるのは魅力だ。

▼我が家では新聞は2種類購読している。今朝ポストを覗くと3紙あったので不思議に思う。増えたのは、朝日だった。我が家では朝日はかなり長く10年以上購読していた。ところが民主党政権になったとき、原発を容認し、口汚く同党を罵るので購読を止めてしまった。すると本社から3人も来て「今まで通り購読してくれ」とやってきた。わたしはCIAと繋がっている舟橋洋一主筆がいる限り読むつもりはない、とお断りした。それでもしつこく数回やってきた。

▼今朝は朝早くから、湖水のある某市に取材があったので、貰った「朝日」を手にして出かけた。それを読んでいて「無料見本誌」の意味が分かった。つまり朝日の宅配紙は低減税率の扱いを受けているので今までと同じ料金で読めるというのだ。「朝日」はネットの無料登録で読んでいるからそれだけで十分である。もっと読もうとすると「有料会員に登録して下さい」と出てくる。しかしその手にはのらない。今日の朝日を読んでいたら。「香港特派員」のコラムがあった。曰く、危険防止のため、記者用の黄色いベストを2重に着用してPCにカメラを抱えて取材しているという。それで現場ちかくの喫茶店に入って原稿を書いていると「どこの記者か?」と聞かれる。「日本の記者だ」というと「是非日本の人に真実を知らせて欲しい」とコーヒーをご馳走になったという。さらにその後も何人から同じ質問とコーヒーをご馳走になった、と書いている。だがしかし、「田中龍作ジャーナル」のように機動隊に人民解放軍の兵士が紛れている事を朝日は書いていない。さらに化けた人民解放軍が、いたいけな少年少女を捕まえて、大怪我や骨折をするように殴っていることも書いていない。そして動かなくなった青少年をどこかに連れ去って、大勢の青少年たちが行方不明になっていることも。

▼お上の情けを受けて価格据え置きなどと言う、甘い考え方が「戦争への道」に繋がる事は、先の戦争の経験で痛いほどわかっている筈だ余、「朝日」さん。

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