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December 26, 2019

忘年会で、出た話など。

▼毎年この時期は、10年ほど前に南米を旅した時、ブエノスアイレスで買った、マンドリンのクリスマスソングを聴いている。次は何にするか考えて居ない。昨日は総武各駅停車の最東端の駅で会議があって向かった。幕張を過ぎた頃隣りに座っていた上品な中年女性が「小岩はこれで良かったのでしょうか?」わたしは「全く逆です。次の新検見川で降りて反対側の電車に乗って下さい。10駅くらいで着きますから」と答える。普通駅員さんに確認してから乗ると思う。わたしはその時、元自衛隊員の方からの「先島諸島軍事化、要塞化に反対する署名要請」のツイッターを読んで思案していた。

▼会議の後は忘年会だった。近くの居酒屋に行く。普段はそのような飲み会にはお付き合いしない。国会周辺似通っている交通費も週に2から3回となると結構な金額になる。飲んでいると何故か「宮本百合子」の話になった。旧姓は中条百合子といい、お茶の水女子大から日本女子大に進んでいる。もう故人となった職場の元先輩は自分の娘さんに「伸子」と名付けるほど夢中になっていた。また子息には「鉄男」と名付けるほどスターリンがお好きだった。友人には母堂の遺品である「宮本百合子全集」をお持ちの方もいらっしゃるが、手つかずで本棚に眠っているらしい。

▼とにかくもの凄い小説家だったらしいが、わたしもそういう本は1冊しか読んだ記憶はない。のちに夫君となった宮本顕治の「敗北の文学」だけは読んだ記憶がある。これは小説家の芥川隆之介を批判した内容だ。午後8時半頃帰りの総武線に乗ったら30後半の女性がスマホを片手にウィスキーの水割り缶を飲んでいた。あれが美味しく飲めるというのはかなり強い。わたしもあの味は好きでビールと違ってトイレにも頻繁にいきたくないのが良い。しかしあの配合はとても素晴らしく絶対マネは出来ない。

▼木更津市長がオスプレイの暫定配備を独断で認めてしまった。かつて5~6年前だったかキャロライン:ケネディ駐日大使が木更津市長に膝詰め談判で「米軍のオスプレイの飛来と認めるよう」迫ったことがあった。キャロラインに迫られたら、わたしだって「ノー」とは言えない。彼女は外交手腕はぜろだった。日本人に愛嬌を振りまくには適当と判断されたのだろう。国務省からの報告レポートでは、彼女は独自の取材をせず、公刊された文書の切り貼りである。そのうえレポートも極めて少ない。日本人からの付け届けが多く、その土産ものを裁くのに大使館の人員が一人必要になっている。しかもちゃっかり京都に住んでいたらしい。

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