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May 31, 2020

締め切りに迫られてシネマの原稿を書き上げる。

▼木曜日地下鉄で永田町まで行く時、車内を見ると「亀谷万年堂」の新しい商品のCMが出ていた。大昔「ナボナはお菓子のホームラン王です」と王貞治さんがやった会社だ。懐かしくもあったが「ナボナ」という名前はすぐには出てこなかった。実は王さんの実家のラーメン屋さんは今は閉店しているが、わたしの住まいからバスで一駅、10分足らずの場所にある。王さんが練習で活躍した野球場も近くにある。区営の体育館にも王さんの記念品が展示されている。

▼金曜日はかなり神経をすり減らす仕事があった。最終点検まで神経がもちそうになかったので、それは翌日にした。土曜日は「シネマ」の原稿締め切りが控えていた。前日編集長からメールがあったので、「金曜午前中に送る」と返事をしておいた。しかし準備はあまりできていなかった。1本は「アイアム・サム」にしていた。これはすでにビデオを見終えていた。しかしもう一本は決まっていない。新しいビデオも数本お借りしていたが、みて自分の感覚に入ってこなかった。それより数日前にケーブルTVでやったドイツ映画「ブレイブ・ゲーム」の方がぴったりした。ドイツの諜報機関がアメリカの対テロ戦争に協力してドローンを使った、戦争に協力している。イスラム国に武器も提供しているという話である。昼までにビデオや録画を5本くらい見たが、それにした。

▼それを送信終るとグッタリする。家族はわたしのことを最近疲れ気味である。体力が落ちている。夕食後ランニングをして来たらどうか、と言われる。コロナ騒ぎになってから歩数はかなり減っている。間食を止めるか、腹筋強化を再開しなければまずい。シネマの執筆が終って夕方、前日の仕事の最終チェックに入った。これは頭を切り替えていたので1時間余で終わり、得意先にメールで送る。

▼夜は先週放送され録画した「飢餓海峡」を見る。何度見ても新しい発見がある。函館署の刑事は伴順三郎、セントハリス教会はまだ畑の中に立っている。彼が捜査のため上京すると都内は片山内閣打倒というデモが行動している。左幸子は亀戸の売春宿に住んでおり、女将の沢村貞子に世話になっており、毎年2月の「嘘替え神事」に参加しており、左は嘘鳥をもうすでに6体所持している。ラジオで流れている、流行歌は「星の流れに」だった。しかしラストシーンは三国廉太郎が連絡船から。20年前、手漕ぎの小型魚船で2人の網走刑務所から出所し労務者んを殺害した現場で献花をするとして手錠を外させ、献花とみせかけ投身自殺してしまう。しかしこんな話はあり得ない。というのはわたしが傍聴した裁判所の実例では、被告は軽微でたんなる敷地侵入罪だったのに、法廷内でも被告は手錠に腰縄をつけたままだった。手錠を外すなど「御伽噺」の世界である。

▼きょうは1カ月半ぶりに図書館から本を貸しだすというので行ってきた。ついでにスイカをひと月ぶりにチャージしてきた。届いた本は内田樹「生きずらさについて考える」「父さんはどうしてヒトラーに投票したの?」の2冊であります。

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May 27, 2020

スーパーシティ法が(国民監視法)、国会を通過してしまった。

▼先週末から、ある契約に基づく仕事が立て込んでいて、リラックスしない、月曜夜は徹夜で仕上げなければならない。家族が寝静まったあと一人で電子辞書2冊とpCにマウスと格闘だ。午前2時ころ一応目途がついて横になった。しかし午前9字までには、200km離れた場所に完成品をお届けしなければならない。それで午前4時には布団をけって再びPCに向かう。もう徹夜する年齢でないことは十分わかっている。しかし自分が前に進まないと何も解決しない。フリーとはいえ一人親方の厳しさである。そのまま。8字55分に得意先にメールででデータをお送りした。

▼11時から第二議員会館前でアクションがあったので約束通り機材一式を持参して第二議員会館前に出かける。10時半についたので警備にあたっている若い警察官が話しかけて来る。あまり話したくないが、集会名と規模だけ話す。やがてみんなが来てくれた。カメラ、照明機材、三脚とリュックは腰痛の原因になるからと家族から持参するのを止められている。小さい小型バッグに入るカメラと小型三脚一式だけ持ち出した。しかし三脚にL字型バーを取り付けるねじを忘れてしまった。しかたなくビデオカメラは自転車でいらした方の荷台に乗せてもらう。フレームも最初覗いたときは人物は入っていたが、動いてしまったので、帰宅して再生したみたら人物はほとんど入っていなかった。

▼声だけは入っているのでご覧頂きたい。睡眠不足で疲れていたので、たっているだけで精一杯だった。わたしは外出すると健康家族が心配するので、玄関で着衣を脱いで、風呂に入ってからでないと居間にも自室にも入れない、着衣はすべて洗濯機に入れる。きのう国会第二議員会館前に中央分離帯を見たら、明らかに植えたと思われる月見草が10本くらい咲いていた。月見草を見ると与謝野晶子の歌を思い出す。「何となく 君にまたるる心地して、出し 花野に 夕月よかな、」である。

▼夜は風呂に入って、かろうじて「壬生義士伝」を見た、あと2回くらいで終りそうな気配だ。国会前で竹中平蔵の話が出たが、TVでは竹中直人が斎藤一を演じているが、本当に芝居が上手い。剣の達人だが見ていると演技が上手いので、近寄ると切られそうな雰囲気がプンプンとしてくる。龍馬を切ってから新選組は会津藩からも愛想をつかされる。禁門の変では官軍は大砲に小銃だから、刀が勝つはずはなく、逃亡につぐ逃亡で大阪に向かうところで終っていた。いつも欠かさず見ている「HOME LAND」は見ているうちに眠ってしまった。録画はしてあるので、今晩でも見るつもりだ。

▼スーパーシティ法案(国民監視法)国会を通ってしまったよ。反対アクションに参加しなかったみなさん。大丈夫ですか?

▼しかしわたしの知っている進歩的と思われる女性集団は、竹中平蔵の経営するパソナの丸の内内牧場に見学いくのだから、もう救いようがない。

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May 24, 2020

ついにサーフボードショップでマスクを売り出した。

▼先週の土日は仕事をしていた。それを得意先に納品したら、先方の希望にあっていなかった。それを訂正する仕事を昨日やっていた。PCの時代にかなり細かい作業なのでカッターで切った紙片をアラビア糊を使って台紙に貼る。いろいろな人に相談したが、それが一番早いだろうという結論になった。ほぼ一日かけで作業は終える。次はそのデータをPDFファイルにしなければならない。スキャナーは型が古くなったので、1か月前に捨ててしまった。金曜夜Yカメラに電話したら、ご希望C社の1万円のスキャナーは全部売り切れで、入荷の見込みはないという。E社の9万円の、ものなら在庫があるという。他人の足下みやあがって。

▼親戚の人がウェブカメラを探していた。カトリックの日曜礼拝をウェブでやるのに必要だという。このカメラどこにもなかった。ようやくYカメラで見つけたらしい。わたしがひと月前にYカメラに行った時、ほかの客に「ウェブカメラは入荷の見込みはない」と言っていた。わたしは2、3万ならともかく、払うのはいやだった。ネットで探したら某コンビニだけPDF出力サービスをしていた。1枚30円で、2枚で60円支払って当座の危機は脱した。

▼スキャナー探しで出歩いて思った。マスクを売り出した異業種のトップは駅近くの刀削麺の店でマスクのボックスをドアに張り付けてある。次は美容室。薬局でも「女性用マスク」とあったので見に行ったら、顔のパックだった。近所でもメリヤスマスクを、仕事が減った業者が作っているが、まだ現物は見たことがない。昨晩はついに、サーフボードショップの店で不織布のマスクを50枚1000円で売り出した。こうなったら、織り紙で紙のマスクでも作って売り出そうかなと、ひそかに考えている。

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May 16, 2020

友人との電話で出てくるのは安部の悪口ばかりだった。

▼金曜日朝9時、iPhoneに某所からの着歴があった。折り返すと急ぎの仕事を頼みたいという。通常は1週間の猶予をもらうが、得意先なので、そうも言えない。しかも納品まで3日の火曜日だ。それでやむを得ず、土日もリモートワークでデスクに向かっている。いずれにしても外は雨降りである。それに外出自粛、越境移動も禁じられている。その規制も無視して走り回っている人がいるが、そのおきて破りの効果はいずれ出てくる。昨晩は元某大学教授で、お母様の介護で早期退職したかたから電話を頂戴した。他県にお住まいだが1時間くらい、安部の悪口と北ルートの秘密をしゃべったと思う。

▼昔は二人とも元気だったので頻繁に飲んだ。ある時は八重洲口の居酒屋に5時から飲み始め、午後11時にお酒を注文したら「お客さんまだ飲むんですか?」と言われてしまった。その方はお母様の介護をヘルパーさんの力を借りながら、おひとりで介護をなさっている。常にお母様が立ち上がって転倒しないように、近くで気を付けていらっしゃる。しかしそれも疲れるので一日2回は近くの喫茶店に行って気晴らしをするということだった。

▼きょう昼の元スマップの中井がでる番組をたまたま見ていた、すると中国の特派員と生中継で話をしていた。スマホは中国どこに行っても「赤・黄・青」のマークが出てきてコロナの安全圏かどうか表示されるという。そして食事をするときもスマホで、位置情報を読み込ませ、体温計ではからないと店に入れない。さらに小学生・中学生は腕時計に情報が蓄積され、それをスマホで読み取って当局に通報が行き、蓄積される。そしてヘリコプターのプロペラの形をした帽子を学生にかぶらせて、その翼より近寄らないよう、警告し、注意を払っているという。中国の人も「日本国民1人に10万円払う」話を知っており、「中国ではどうか?」と聞くと「考えられない」という返事が返ってきた。日本でも「位置情報」のアプリをスマホに入れようという動きがあるが、これだけは止めた方が良いぞ。

▼コロナが怖くてこの1か月以上家に閉じこもって、国会周辺への外出は自粛してきた。しかし体重は増えるばかりで、歩かないと足元も危なくなってきた。帰宅後の厳重殺菌と機材の軽減化を図ることを条件に1時間程度の行動に参加することにした。とりもなおさず、来週の検事総長の強行採決は許してはならない。ただし三脚なし、ツイキャスはなしで、ビデオのみ1時間程度の撮影だけになります。

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May 10, 2020

新自由主義に反対するウェブコラムのスタート

▼まさか3月24日の議員会館前抗議のあとこんな風になるとは思わなかった。つまり街頭行動が新型コロナウィルスによってできなくなるなんて。別れ際に一人から、「しばらくの間は出られなくなる」という言葉も冗談かと思っていた。だがコロナ過は花見シーズンとともに着実に迫ってきた。最初は近くの公園でもと思っていたが、それもできなくなってしまった。それに具体的に目に見えないので汚染が目で確認もできない。人と会ったらその人にうつしてしまうこともある。その逆もありうる。1回だけあるお宅をお借りして中継したが、それも怖くてできない。次の方法として、今はやりのスカイプかZOOMによるネット中継も考えた。しかし全員がPCを持っているわけではない。海外とやり取りをしている方もチャンネルを固定してあうという。ビデオ機材をもってわたしが各戸を訪問して録画する、方法も考えたがメンバーは東京の西の端と東の端と中央部にある。交通費だけでもかなりかかってしまう。

▼落ち着いたのは、ビデオカメラだけを移動する方法である。ご自分で録画したSⅮカードだけわたしの所に送ってもらう。経費も郵送料だけなので、新型コロナウィルスの感染の心配もない、これに落ち着いた。あとは続ける強い意志だけだ。本当は多くの人にしゃべって頂きたいが、運動に参加している他者の悪口を言ったりする人は困る。3人の主催者と面接して身元が間違いないことがわかれば、SⅮカードを送っていただいたり。スカイプでの会話を録画する方法は今後検討したいと考えている。というわけでインターネットの時代にアナログとウェブが混在化したスタートなった。

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May 09, 2020

コロナ排斥騒ぎは国の「治安コスト」を下げさせる。

▼昨日夕方散歩をしている最中、体の関節が急に痛くなった。しかも全身である。風邪を引いたかと思った。しかしよく考えて診ると、大型連休が始まってから、体操を始めたからだと気付いた。原因がわかれば怖くはない。昨晩NHKbsで「松本清張列車の旅」という2時間番組があってみた。やはり清張は人間的に素晴らしい人だったので、次々豊かな人間関係を築くことができたのだろう。戦前ある旅館に泊めてもらって手紙の交流が始まる。ある時清張から「お国のために出征することになったから、連絡は取れなくなる、以後手紙は出さないでくれ」という手紙がくる。衛生兵として中国に派遣される。やがて復員して仕事を再開し、やがて作家として名をあげる。旅館のおやじが清張の名前を発見しておそるおそる手紙を書く。「もしかしてあの清張さんではないでしょうか?」と。やがて手紙が来て「その通りだ」ということで交流は復活する。そんな話がいくつも紹介される。有名になっても決して偉ぶらない、清張の人間的な温かみを感じる。

▼今朝の10ch「旅サラダ」は過去の放送だが、谷原章介のキューバの旅だった。わたしがキューバに行ってからもう10年は立っている。わたしの目的地は「ゲバラ廟」のある、サンタクララだった。谷原の旅は「食べ物の旅」だったので共通点はない。当時は食べ物は豊富ではなかった。きょうの画像で見る限りそれほど不自由しているようには見えなかった

▼コロナ感染に関連する、差別意識はとどまるところを知らない。他県ナンバーの車を傷つける。他県人の排斥など311と同じ状況が生まれつつある。内田樹さんはブログで書いている。コロナの排斥騒ぎは国家の治安コストを下げさせる、と。

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May 08, 2020

ディスタンスとは何かを考える。

▼昨晩、リモートワークから家族は久しぶりに出勤し、仕事を終え、いつものように午後11時過ぎに帰宅した。先に寝てしまうわけにはいかないので、録画した宝塚の「壬生義士伝」を見た、大体映画とおりだったが、鳥羽伏見の戦いの戦いまで描いているのは良かった。しかしそのあと鹿鳴館の舞踏会が出てきたのは、さすが宝塚である。わたしが上京したころは今のKDDIの辺に「鹿鳴館」の跡地が残っていた。

▼昨夜はなぜか上皇后様とお話した夢を見た。満月を撮影したせいかな?

▼毎月大体20日前後に理髪店に行く。先月いつもの門前町の床屋に行ったら東京都の指示で「長期休店」に入っていた。連休中鬱陶しい頭で生活していた。昨日時間を作ってようやく散髪をしてもらった。散髪もディスタンスが必要な仕事の一つだ。もうかれこれ20年近く前ウィーンが舞台の「恋人たちのディスタンス」という映画があった。出演はジュリー・テルビー、イーサン・フォークだった。国際列車の中で旅行中の夫婦喧嘩があり、ふたりはウィーンで下車してひと晩を過ごすというたわいのない話しだった。しかし国際列車の中で他人目を気にしないで大声でフランス語で喧嘩するというのもすごい。

▼昨日ツイッターに書いたがこの間、ついきゃす中継はしていない。わたし自身は感染しても困る。それよりもそれが家族に感染した場合のリスクである。わたしは父の死亡した年齢まであと11年。家族には未来が活躍してもらわねばならない。だから感染予防のたま、趣味で撮影で出かけるわけにはいかない。今まで見て応援、自宅で応援していた方々は是非現場にお運び頂きたい。あなたの力を発揮するチャンスである。

▼自宅窓から見える某研究所が北里研究所と一緒にラクダを使ったコロナウィルスの抗体を作ることに成功したという。ラクダにはチュニジア旅行でサハラ砂漠を散歩した以来のってはいない。

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May 07, 2020

連休は終わったが、、、

▼リモートワークの家族は久しぶりに今後の方針を決めるため出勤して行った。ズボラなわたしは一挙一動を厳しく監視されていて、かなり疲れる。

▼この間見た長いのは「セーラー服と機関銃」、「ドクトルジバゴ」である。「ドクトルジバゴ」は映画館でも見ている。かつてVDVも持っていた。当時はたんなるロシア革命下のラブロマンスかと思っていたが、革命の名のもとに個人の尊厳と自由を失ってしまった人、ドクター(軍医)の生涯であった。とくに後半はスターリニズムを批判している。これでは、当時のソ連をしてノーベル平和賞を拒否させたのは当然であろう。わたしも体験したことがあるが、個人の自由や真実よりも党の存在を維持する方が重要であるという逆転現象は怖いことである。

▼「セーラー服」は知ってはいたが初めて見た。まだ若い少女の薬師丸ひろ子の体当たりの演技は素晴らかった。TVの画質は悪かったのでレンタルDVDを探そう。薬師丸は今、TVで「アンナチュラル」で辣腕弁護士役をしていた。「アンナチュラル」は女性脚本家は緻密である。渡瀬恒彦も年齢よりも老けた演出だったがうまい。「壬生義士伝」は本を読もうとしたが人間関係が複雑で理解できず、途中で投げ出した。最初にできたTV版はわかりやすい。昨夜はNHKbsで「宝塚版」を放映したので録画しておいた。昨晩はお借りしていた「桐生悠々」を見た。わたしが彼を知ったのは、その昔井出孫六の岩波新書を読んでことに始まる。桐生の生涯を書くだけで1日が終ってしまうので、図書館で探して頂きたい。本では触れられていない。信濃毎日新聞退社後の生き方、とくに個人新聞「他山の石」を特高警察の検閲を受けながらもしぶとく発行したことだ。そしてご家族からお孫さんまで紹介していた。中でもイスラエルに住みながら差別と闘い、現地で貢献しているお孫さんの生き方には感服した。

▼「信濃毎日新聞」(略称信毎)が在籍っした桐生の木製デスクを保存している。しかしいまもそれほど優れた新聞社かと言えば、ノーである。信毎は小坂善太郎一族の新聞社である。小坂は長野一区が選挙区で、二区は元魁の田中秀征の選挙区であった。小坂の信毎は田中の行動を一切取材せず、報道しなかった。それで地元の票をとれなくなった田中は候補者になれなくなってしまった。TVで「編集主幹が、信毎が桐生を守り切れなかった」とうそぶいていた。しかしこれから第二の田中が出てきても信毎は会社を守るため、国家の軍国主義政策を擁護し、まい進するだろう。

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May 04, 2020

民放の「亀戸歩き」を見て考えた。

▼昨日の憲法集会はネットで見た。発言者の一人元NHK記者だった、堀潤さんとはツイッターでフォローしていただいている。それは東中野ボックス、歩ルポレ東中野で映画が上映されたとき、堀さんはゲストの一人としてきていらした。そのことをツイッターに書いたらメッセージのDMが届いた。内容は書けないがプライベートなことだった。それ以来のお付き合いである。

▼昼間の民放TVを見ていたら、タレントたちが亀戸を歩いていた。あれが大体のわたしの生活圏である。いつも行く内科、外科、歯科医はこの範囲にある。まず駅前のハネ亀はバス停の前にある。ただ奇妙すぎて地元の人からは人気はない。次の春巻きの店、ここは2年前まで新小岩のケーキ屋さんがあった。しかし駅ビルの中に美味しいケーキが出来て、小規模経営は立ち行かなくなって撤退して春巻き屋さんが入った。私自身は春巻きはあまり好きではないので、一度も入ったことはない。次のレコード屋さんここには大物歌手が地元挨拶にやってくる。地元のお年寄りにとって格好の時間つぶしの場所になっており、有名歌手が来るときは朝から順番を待っている。わたしも何人か見たことがある。一人はキムヨンジャで、小柄な変なおばさんが道を歩いてくるな、と思ったら本人だった。当時のブログに写真入りで紹介した。それとは別に当時駅ビルの中にもレコード屋さんがあり、〇翼の街宣車のような宣伝カーで売り出し中の日野美香がやってきた。しかし疲れているのかマネージャーに連れられ、ふくれっ面でガード下を歩いていたのを目撃した。

▼次の梅屋敷は江戸時代、亀戸はお金持ちの別荘が「梅屋敷」周辺にあり、愛人などを囲っていたらしい。実際の梅屋敷の場所はもっと北側にあり、そこには記念碑もたっている。今の梅屋敷は、元三和銀行があった場所だった。しかしこの場所よりも東側に300m行くと「亀戸事件」(関東大震災で亀戸警察に拘留されていた、社会主義者が習志野の第一騎兵団の兵士に刺殺された事件。その慰霊碑がある。ここを見てほしかった。亀戸警察は昔の地図で見ると現在のいなきやの辺にあったと推測される。亀戸警察を表示する石碑は香取神社の境内に設置されている。

▼進歩的な家系に育った中国人、王希天も亀戸警察に抑留されており、警察から「習志野で抑留されている連中が騒いで静まらないから説得してくれ」と警察署からだまして連れ出し、ここから2km東にある逆井川のたもとで休憩し、そのすきを狙って王を扼殺して死体を川に投げ込んしまう。王の死体は隣の江戸川区で発見される。いまなら国際問題になる事件だが、うやむやにされてしまう。王の慰霊碑は別の木根川橋のたもとにある。

▼最近できた、福分けまんじゅうは食べたことがない。船橋屋の「くずもち」はあまりにも有名で最近ではデパートでも入手可能である。しかしTVに出て茶店は休日はかなり混雑して並ばないと入ることはできない。

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May 03, 2020

『繭の石・殺人分析班」一挙放送5時間見る。

▼昨晩新PCがトラブルを起こしてデスクトップが全てきえてしまった。昨日のブログを書いている最中で、自分のやったことが出発点なので、夜中に誰かに聞くわけにもいかない。一番こまるのはNiftyメールが見えなくなることだ。これは仕事に直接かかわってくる。ふてくされてビールを飲んで布団に潜り込む。寝ながら原因を考えた。ノートPCとメインPCのお気に入りを同期させたことが原因であろう。起床してからノートの同期を切ったらどうやらほぼ元どおりになった。

▼昨日午後は「繭の石・殺人分析班]の一挙放送5時間を見た。事前知識は何もない。説明によればホラーみたいな怨念のような内容らしい。5時間見てとても面白かった。警察物だがTVでは警察のトップが「被害者の無念を晴らすため、全力をあげ、ホシを検挙する」というと部下が一斉に「ハーイッ」と声を上げる。そんなことあるかよ。高村薫が「マークスの山」を書くときに現職刑事に取材したら、「やじや怒号が渦巻いていますよ」と言ったそうだが、納得て着る。本作品も後者に近い。捜査課の新米女性刑事が主人公である。容疑者から電話がかかってきて、最初に電話に出たので以後、上司からも容疑者からもご指名で交渉係にされる。不愛想な相棒である上司。刑事の人間関係描写が素晴らしい。実は主人公の父親(中村トオル)も刑事だったことが、事件の発端になっている。彼女は捜査に行くときは必ず仏壇の父親の遺品の腕時計を巻いて出かける。

▼それとNHKで数日前に放送された。銀座をあるいても違和感のない美人女性記者が香港の争乱を取材し、その後香港の区議会議員選挙を取材し、さらに台湾まで取材した番組は面白かった。親中国の候補者と反中国派候補の取材するなど、日本人記者でないと取材できないだろう、という部分もあった。台湾に行くとやはり中国本土の台湾囲い込み(いや占領と言ってもよい)政策が急ピッチで進んでいる。中国は5G研究では世界のトップである。それで台湾の研究者を参加させるという条件を出している。さらに台湾のパイナップルなどを積極的に輸入して、経済的に支配しようとしているので、手ごわい。

▼取材がひと段落して彼女は台湾の親戚に会うという。親戚の年配の中年女性に会った途端、「おばちゃん」と呼ぶのでびっくりした。彼女(記者は台湾出身でハーフだったのだ。台湾の大学出ていて、中国本土での取材でも言葉に不自由している様子はなかった。かつてNHKの国際部の人もあるが、NHK記者もグローバル化しているのである。

 

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May 02, 2020

毎週土曜日昼BSTBSの「もう一度近現代史」は見るべき番組である。

▼我が家には在宅ワーカーが3人いる。一人が電話をしたり、ZOOMで会議をしていると「沈黙令」が出る。放送局のように「放送中」とか「只今会議中」の赤ランプをつけようかと思っている。私は携帯の電源を朝7時から夜10時までオンにしてある。しかし28日は電源を入れるのを忘れてしまった。毎年この時期に中部地方の某社と年間契約の更新をしなければならない。担当者から携帯番号あてのDMに着歴が残っていたので,かけなおす「連休でお休みかと思いました」と担当の女性。いやわたしはカレンダー通りの仕事です。見積書を一回分の金額でなく、年間の金額を入れて出しなおしてくれ、契約書を送るから、収入印紙を指定の場所に張って、印鑑を押して返送してくれという内容だった。流れとしては1カ月ほど遅れている。これを反省して、携帯は音声は消して24時間つけておくことにした。

▼毎週土曜日昼にBSTBSで放映されている「もう一度近現代史」は毎回録画して見ている。もう年間放送予定の半分は終わっている。先週のテーマは「大政奉還と戊辰戦争だった」。出席しているのは関口宏と保坂正康氏である。テーマはわたしたちは学校で縄文時代から江戸時代まではがくしゅうする。しかし明治時代から戦中戦後はほとんど習わない。この部分を明らかにしようというテーマである。先週から番組も在宅(遠隔)放送になった。保坂さんはご存じのようにしっかりとした歴史観をお持ちの℉げ\研究者だ。先週の「大政奉還と戊辰戦争」は教科書に載っている「大政奉還」の図柄は偽物であるという話から始まった。要するに、すんなり天皇が東京に行くことが決まった訳ではない。幕府側はすんなり薩長に陣地を明け渡したわけではない。京都「蛤御紋の変」で敗れた幕府軍は東へと逃げる。西郷と勝海舟の会談で江戸は火の海にならなかったが上野戦争で官軍のアームストロング砲の威力は示される・それから幕府軍は福島、五稜郭へと逃げていく。途中官軍のイメージとして強烈は「錦の御旗」が考案される。しかし首都が江戸から東京に改称されるにしたがって、天皇も東京に行かざるを得なかった。いまでも京都のお年寄りは東の野蛮なエゾの地に天皇を貸してやっている。と思っているほどだ。東京に天皇がやってくるが、明治5年くらいの間に毎年くらいの感覚で京都に里帰りしている。かなり京都の人たちをなだめるのに時間がかかったのだろうと推測している。私が見始めたのは明治19年「ノルマントン号沈没」かr4あだ。

▼わたしは朝刊や雑誌を読んで気になった番組はすべて録画してしまう。最初10分だけ見て詰まらなかったら消せば良いのだ。実はこの倍はブログを書いたがうっかり消えてしまった。明日気力が戻ったら続きを書く。

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May 01, 2020

なぜ南アフリカは仕事を再開させるのか?

▼昨晩午後11時のNBSHKの国際ニュースを見て驚いた。NHK別府ヨハネスブルグ支局長のレポートによれば、当地では経済活動を再開する方針であるという。何故なら失業率が高い、年金が5人家族で、親父さんがもらっている金額が日本円で41万⑦千円くらいだ。食料も不足していて、スーパーに打ちこわしのように入って強奪する。それを警察官が武器を使って排除するので、死人がでる。その原因は現場警察官の過剰警備問題もある。しかし今のままでは、状況がますますひどくなるので、就業させるというのだ。いわゆる先進国からの金銭的な援助は何もない。国民を食わせるためには、背は腹に変えられないという論法である。もしもヨハネスブルグでコロナが、このまま放置された場合、このグローバル世界なのに、どういうルートで世界各国に蔓延していくか見当もつかない。

▼ヨハネスブルグは2年前に行った。当時から世界で一番治安が悪いと言われ、歩道をあるいて隣の建物に行くときでも襲われるから、タクシーで行くべきだと言われた。空港から外に出ることは許されなかった。ただ夜にバスで宿舎のホテルに移動するとき、明らかに高級住宅と一般市民の困窮住宅ははっきり分けられていた。マンデラANC(アフリカ国民会議)とともにアパルトヘイトをやめさせ、政権を取ったまでは良かったが、利権集団に変質してしまった。いまもそれを引きずって南アフリカは存在している。はっきり言って一部の金持ち集団はワイナリーを経営し。ルイボスティーを栽培して、警備員と頑強な城壁に囲まれた「高級住宅街」に住んでいる。白人によるアパルトヘイトはなくなったが、逆差別が存在する。さらに下層階級に住む人々は真水さえ手に入らない掘立小屋のスラム街に住んでいる。この差別を解消する方法を考えない限り、コロナウィルスは地球上からなくなることは決してない。人類発達の歴史とはとりもなおさず、「病原菌」との闘いだったのだから。

▼このアフリカに行く直前、国会南門周辺で「みんなで民衆の歌を歌おう」という行動があった。わたしはMXTVの抗議をしているからの要請で中継に出かけた。初対面の人の電話番号だけ教わって、憲政記念館の先で落ち合った。全体像はわからないが、女性を中心におそらく数百人の方々集まったと思う。その時のツイキャスのアクセス数はピークで300人を突破したので、わたしの中継の最高記録となっている。友人Hさんが近くにいて「貴方の後ろで田村さんが歌っていたよ」と教えてくださった。田村さんとは共産党の副委員長で政策委員長である、田村智子さんのことである。実は田村さんは高校の後輩である。何度お会いしても私の顔を覚えて下さらない。卒業生の名簿を見ると、彼女の1年後輩に青木理さんがいる。

▼昨日の新聞を読んでいたらミュージカル俳優さんが「民衆の歌を歌おう」という運動がユーチューブで公開されているという。それでこんな2年前の話を思い出した。https://www.youtube.com/watch?v=0Eax4cw6QFA

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