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July 26, 2020

「業平ブーム」と先が見えないお粗末な大企業

▼連休中は仕事をしなくても良いように、22日夕刻にはすべての仕事はメールで送信を終えた。ところが実際は思い通りにならない。編集長からは23日朝、1週間ぶりに電話があった。いろいろ忙しいらしい。実はわたしのPCに入っていたIBMの「画像編集ソフト」はウィンドウズ10にしたら動かなくなってしまった。しかたなくDVDに焼いて郵送した。ところが21日に投函したのに、26日朝になっても「届かない」という。普通この距離であれば2日で届くはずた。最悪の場合、「26日に最寄りの駅でデータを手渡ししよう」という約束にした。

▼2400字の原稿は送ってあったが「シネマ」も締め切りだという。慌てて「軍旗はためく下に」と24日に見た「パブリック図書館の奇跡」を書き上げて送信する。「軍旗」はWOWOWで6月末に放送されたもので、まだDVDにもなっていないからレアものである。わたしのHDDには入っているが取り出しで録画DVDにする手段は、まだない。昨日25日、日比谷でドイツ映画「バルーン」I(東独から西独まで気球に乗って脱出する家族の話)を見て外に出たら、編集長から「DVD」が届いたという連絡が入っていた。やれやれ。

▼昨晩ETVを見ていたら「小説伊勢物語・業平」を書いて話題の作家、高木のぶ子と草笛みつ子が対談をしていた。図書館にはまだこの本はないので詳細は不明だが、小説だから高木のぶ子が国文学者に相談したが、反対を振り切って「姫」に独自の解釈をしたようだ。それにしても東武鉄道は「業平橋」を「東京スカイツリー」などと馬鹿な名前をつけてしまった。業平神社そのものは大昔になくなってしまったが、こういうブームになればまた人を呼び込むことが出来たろうに、目先の事しか考えない企業の体質は残念でならない。たしか落語家のしんしょうも、この辺に住んでいたはずである。ちなみに元「業平駅」までは自宅からバス3つで到着できる。

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July 24, 2020

NHKのALS患者さんの薬物投与事件報道に思う。

▼昨日午後7時のNHKニュースを見て唖然とした。さっそくツイッターに自分の意見を書いたら20人ほどの方々がわたしの意見に賛成する立場でリツイートして下さった。私の立場を明らかにするため、考え方を書いておく。午後5~6時は民間放送各社のトップニュースはみな、コロナウィルス患者が東京で300人近くになった、だった。ところがNHKはいきなりALS患者さんの嘱託殺人事件である。ALSとは筋萎縮症患者さんの事である。簡単に言うと次第に筋肉の力がなくなってやがて自分で呼吸もできなくなって死に至る。最後になると自分の意思で何もできなくなる。わたしはドキュメンタリー映画の中でしか知らない。一つは外国映画で母親がALSで薬物投与による死を望み、サインしてからの息子との葛藤が描かれていた。もう一つはALSの患者である日本人がスイスに行って投与をしてもらう。姉妹3人で病院(施設)に行って意思を確認してもらう。簡単な最期の小旅行をして施設に入る。施設では薬物投与から死に至るまでのビデオ撮影を義務付けられており、警察に提出しなければならない。すべてが終った遺体は荼毘に付す。しかし遺灰は日本に持ち帰れないので、どこかの海岸に流骨する場面で終っていた。

▼たしかに本の法律の理解では嘱託殺人になるのかも知れない。だが自分の存在が理解できなくなり、ベッドでのたうち回ることが人間らしい死に方なのか?法律解釈論だけで人間の人生は片づけられない。コロナの検査が一向に進まないのも、厚労省の医官で官僚の反対があるからだと報じられている。つまり戦前から続けられていた、らい病の強制収容や断種で国は訴えられた、PCR検査の注射をして陽性の人を強制収容した場合、ア同じ事件に発展して厚労省が訴えられないか、という躊躇があると言われている。今の日本製のALSに対する考え方は「苦痛をどうやって和らげるか」という態度から一歩引いている。患者さんの苦痛をどう和らげるかという論議がまったくされていない。しかも今回の薬物投与にかかわった二人のうち一人は元厚労省の職員だったと報道されれいる。何か厚労省が警視庁に手をまわして世論操作をしているように思えてならない。

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July 19, 2020

雨の中を浅草本法寺の撮影に行く。

▼何かと忙しい。理由の一つは連休があるからだ。本当は連休は休める筈だった。ところが編集長から電話があって、「さまざまな事情で締め切りを一週間繰り上げてかいてくれないか」と頼まれる。毎年8月は終戦記念日なので、それに相応しいテーマを自分で探して書いている。本当は銚子空襲について取材しようと思っていた。実は昨年銚子空襲75周年記念でシンポジウムも開かれた。だが別の空襲で取材をすすめていたので、取材あは見合わせた。どから順番でいけば今年のテーマは銚子空襲だった。しかし人を探して2週間で取材するのはかなり厳しい。それに八日市場よりも遠い場所でもある。誰か自宅に泊めてくれるか?ビジネスホテルをさがすか?編集長はこまっていたのでテーマもはっきりしないで引き受ける。それは戦争中自粛で演じられなかった「禁演落語」の事である。自粛とは便利な言葉である。日本の場合はナチスの宣伝省を、まねした。体制国賛会の下に組織を作った。

▼柳谷小さん師匠も226事件の時、反乱の中心になった麻布第三連帯に所属していた。みんな神社を参拝するときに着る一番良い軍服に着替えろといわれた。さらに実弾を配られてみんな緊張してしまった。上官から緊張を和らげるために、「落語を一席頼む」と言われる。演じる子さん師匠も聞いている一般兵士も緊張してしまい、だれも笑わなかったという。落語もつやっぽいのや道行(駆け落ち)残酷なものは一切上演禁止になってしまった。それで軍部に気に入られそうな演目を創作するのだが、教訓的で面白くもおかしくもない。

▼その本来の落語が演じられなくなったのを悲しんで浅草寿町にある本法寺境内に「はなし塚」というのを建立した。落語関係の本は6冊借りてきて読んだ。浅草には寺は無数にある。交番で聞き、区役所の出張所で聞き、お回りさんには4人聞いてようやくたどり着いた。寺の写真がないと新聞は編集できないが、材料はそろった。こんな感じであと1500字くらい、何とか明日中に脱稿できそうだ。

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July 13, 2020

「軍旗はためく下に」結城昌司を読み、映画を見る。

▼九州から四国、岐阜・長野の豪雨に遭われた方には「お気の毒」という言葉以上の言葉は探せない。わたしが中学生の時、伊勢湾台風がやってきた。この時も長野いやわたしの実家周辺の被害は大きかった。実家の裏にある「お宮」の境内にあった樹齢300年以上と言われた大きなケヤキ2本が根元から折れてしまった。さらに隣にあった叔父の家は屋根が吹っ飛んでしまった。あまりにも風が強かったので叔父一家はわたしの実家に避難して二階の雨戸が吹き飛ばされないよう、4~5人で4抑えていた。母はそのとき「南無阿弥陀仏」を繰り返し唱えていたので、その風景の方に恐怖を感じた。わたしも時折家の外に出て、家の近くを見回って見た。雨粒が強く身体に叩きつける。そのため、皮膚が雨粒の当たった部分だけ赤く腫れあがった。

▼先週WOWOWで結城昌司原作の「軍旗はためく下に」が放映された。今まで見ようと思っていたが、見る機会に恵まれなかった。ユーチューブをさがすと出てくるかもしれない。舞台となるのは太平洋戦争中のニューギニア戦線である。本体からかなり離れたと事にある数百人の分隊での出来事である。分隊長(中村勘右衛門)は情け無用で無理難題を部下の兵士に命令する。食料も満足に与えないまま兵士を奴隷のように酷使する。ロクな戦闘もないがある時、米軍兵士がパラシュートで落ちて来た時、惨殺してしまう。これは陸軍刑法では、国際法で違法行為である。だが死体を埋葬してしらんふりする。敗戦が決まった無線放送を聞き、兵士たちは「これで帰国できる」と大喜びする。しかし上官は「これは日本軍の作戦で安心させておいて、返り討ちするのだ、と投降を許さない。ここまで書いたのは結城の小説である。しかし映画は小説の「上官殺害」をアレンジしている。

▼映画は富樫軍曹」が主人公で、戦後富樫の妻(左幸子)が厚生省援護局に「夫だけなぜ恩給や寡婦手当がつかないのだ」と繰り返し異議を申し立てるが受け入れないことを不審に思う。すると係官は「ご主人は銃殺されているんです」と言われて驚愕する。それで「銃殺の真相をさぐるべく、戦友たちをたど一人ひとり訪ね歩く話になっている。かいつまんで言うと富樫軍曹は勇気がある軍人で部下にも慕われていた。だが上官の悪事をたくさん知っていた。それで部下たちの意を汲んで上官を殺してしまう。軍医を読んで「銃を手入れしていた時、暴発した」とみとめさせる。しかし戦争が敗戦で終わり、部下たちが「俺たちが殺した」と漏らしてしまう。しかし敗戦だけでは、陸軍刑法はまだ廃止になっていなかった。

▼それで軍事法廷が急遽開かれ、即日死刑が執行される。わたしは映画が面白かったので、即日図書館で文庫本を借りた。しかし古い文庫本は用紙が茶色っぽくなっていて文字が読み取れない。ハヅキルーペなど様々なメガネをとっかえひっかえして昨日日曜日1日で読み終わった。

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July 04, 2020

宇都宮けんじさん最後の街宣を中継に行く。

▼きょうは,午後1時から錦糸町で宇都宮けんじさんの街宣があった。近くなので場所の選定で失敗はない。中継の準備をしていたら、高校時代のメーリングリストが届いた。1年前に同級会であった、友人が急逝したという。クラスで唯一東大に受かった男で、日本のエネルギー政策を転換できると信じ東大工学部から某造船メーカーに入って原子炉の設計をしていた。しかし会社を定年退職することになって311事故が起きる。退職後は9条の会とかいろいろやっていたらしい。そして夫婦で理想の国、コスタリカ観光に行ってきたらしい。コスタリカを理想の国と思っている人がいるが、理想の国なんてありゃあしない。最近都知事選で変な発言をしている、伊勢崎賢治氏も「怪しげな飲み屋がなくて退屈な国だ」と言っている。死んだ友人とは一緒に懐古園を歩いてみんなとは別行動をしたが、別に体調が悪いとは聞かなかった。住まいは小泉純一郎と同じマンションに住んているということだった。

▼ひと月前に実は左手のひらを大きく切る怪我をした。3CMほどの段差をつまずいてしまった。家族に言うと外出禁止令が出るおそれがあるので、黙って自分でテーピングして治療した。しかしバンドエイドでは皮膚が再生しない。それで自分で考え、メディングテープと、ティッシュペーパーを小さく切ってあてがった。だがえぐれた皮膚はなかなかつかない。怪我から3週間で出血は完全に止まった。まだ皮膚の厚みがあり違和感はあるが、ペットボトルの蓋が空けにくい以外の不都合はない。では3CMの段差で、なぜ大けがをしたのか考えた。おそらくメガネの度があっていないのではないだろうか?実は普段外出でかけるメガネは10年以上前に5万円くらいで作った。ところがそのメガネは冬物の入れ替えをしているとき行方不明になってしまった。衣類箱にまぎれたか?ゴミ箱に入って一緒に捨ててしまったのだろうか?いまだにわからない。しかたなく安いメガネ屋さんで5年くらい前に緊急に作ってもらったメガネをしていた。

▼しかしちょっと自由に使えるお金が入ったので、無理して懇意にしているメガネ屋さんに行ってきた。この店はかれこれ40年くらい通っていて、わたしの過去の目のカルテはそろっている。決して安くはない。つまり高い。しかし仕事は丁寧である。調べてもらったら、左眼の乱視がかなり進んでいることが分かった。怪我をしたのも左手である。原因左眼の乱視、ここにあったのだ。結構高かったが命には代えられない。錦糸町の宇都宮けんじさんの街宣は旧知のoさんの姿もいた。川内原発反対で2回、泊原発、敦賀原発反対行動で各1回ご一緒した方である。直近では昨年夏のホテルニューサンノーでご一緒した。

▼1週間ほど前にNHKbsで「真景貸さねが淵の秘密」という番組があった。案内役は唐十郎で最初女性が河に投げ込まれたところから最後に流れ着いいた砂町(砂川)まで追いかける。原作は鶴屋南北であり、鶴屋の墓地はわたしの家の近く東慶寺にある原作となった作品は栃木県の方の河原で小金持ちの女性が男に殺され岸辺に埋められたという時間が発端になっている。戸板に載せられ流されたというのも当時の名和和紙であった。封建社会が続くと権力を握っている武士の貧乏人への残虐な犯罪が次第に増えていった。しかしどうすることもできなかった。それで支配階級は「大塩平八郎の乱」が「打ちこわし」などの事件が起きないよう。悪いことをした連中は最終的には神罰が当たるのだというストーリーを作って平民をなだめたのだ、という。

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