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September 22, 2020

4連休の出来事

▼連休中は出かける予定もなく、平凡な日々を過ごした。18日は仕事で午前中7千歩は歩いた。その後夜は日比谷野外音楽堂で反原発首都圏集会があったので撮影に出かけた。撮影は最前列がよいので早く並んで、最前列の中央を確保した。歩く距離が長いと三脚は小型にしないと疲れてしまう。しばらくすると後ろにいた、憲法会議のNちゃんに声を掛けられた。「まだそんなデカいマンフロッティ(イタリア製三脚)使っているの?」と言われる。これでも軽い方なのだ。もう一つマンフロッティ持っているけど半年くらい使っていないので、ソフマップに売りに行こう。折り畳みでもいいからアルミの軽いのにしよう。でもずっと固い木製の椅子に座っていたので助かった。銀座デモに行こうという気力は残っていなかった。それでも内幸町の交差点まで行って撮影し、地下鉄都営三田線経由で午後8時半頃には帰宅出来た。

▼翌19日は、前日に1万3千歩あるききまわって疲れたので、自宅待機で休憩。夜の「出没アドマチック天国:習志野編」は仕事で頻繁に行くが知らないことばかりだ。20日はシネマの締め切りが水曜日なので、いろいろ考えた挙句、銀座シネスイッチに行く。前夜ネットで予約しようとしたが、ループになって入れない。翌朝試したら難なく予約が出来た。ここの当日朝から予約開始だったのか?映画は「マーティン・エディ」だ。聞きなれない名前だ。調べたら「野生の呼び声」を執筆したアメリカの作家ジャック・ロンドンの生涯をイタリアに置き換えて作ったものだった。それで外の風景はナポリなのだ。船乗りのエディンは無学で教養もない。船を降りて作家になろうと決意する。自宅もなく、路上生活をしていると、夫を亡くした寡婦が「そんな高い望みを持っているなら。自宅の一部屋が空いているから、安く貸してやる」と言われる。来る日も来る日も出版社に書いて送る。しかしすべて「未開封」で返送されてくるので、意気消沈している。

▼とあるとき、アナーキストの集会に出て、演説をすると絶賛の拍手を浴びる。そこで社会主義擁護の演説をするのだが、それが新聞記事に出て、「あんたはアカかい、出て行っておくれ」宿屋の女将にも知られるところとなり、家を追い出される。結婚を約束した女性もいたが経済力のない彼に惹かれはするが、彼女の家の人々から反対され、結婚はできなかった。やがて苦労の末、待ちに待った「原稿採用」の知らせが届く。同時に分断でも活躍する機会が増えて来る。画面には路上生活者や庶民のくらし、労働者集会が出て来る。そして自由主義、無政府主義、社会主義、ファシズムがぶつかりあって、混沌とした20世紀の様相が浮かび上がってくる。エデンの強烈な社会主義上昇志向をめざす願望にも関わらず、真の自己解放は訪れなかった。しかし様々な思想が、よりよい人生と世界を構想し、あい争った20世紀とはどういう意味があったのか問いかける作品である。

▼休みの間見たTV作品でよかったのはフェデリコ・フェリーニの「道」。何度も見ているはずだが、粗野な大道芸人に拾われ少女の心の変遷が良く描かれていた。次はケネス・プラナーの「ダンケルク」は漁船、ヨット、ボートまで徴発してフランス海岸からナチスに追われた英仏の軍人の人間模様をかなり丹念に描いており、ゲイリー・オールドマンの「チャーチル」よりも良かった。

▼左ひざは正座できるようになった。しかし今後転倒して「皿」など割りたくないので、ヨドバシの通販で「ソフト膝当て」を買った。今後の集会では毎回着用する。

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September 17, 2020

「ソニアナチスの女スパイ」を見る。

▼ポーランドを¥占領したナチスドイツは、次に北欧に手を伸ばそうとする。ノルウェイは数年前に見た映画で、国王は緒戦でナチスを見くびっていたため、機動力の劣り、貧弱な兵力では、なすすべもなく、敗退してしまう。次にナチスが狙うのは隣国スウェーデンだった。そんな時、ノルウェイのトップ権力者となったドイツの国家弁務官テアボーフェンは女優のソニア・ヴイーゲットに目をつけ。彼女をドイツのスパイにしようと接近する。実はソニアは出生国スウエーデンでも女優として活躍して人気があった。スウエーデン諜報部はそれに目をつけスゥエーデン国内に潜伏している「マリア」というコードネームのスパイを特定してくれと頼まれる。彼女がスパイをする交換条件とはソニアの父親の治療とナチスに占領される前に家族を安全な国に脱出させることだった。

▼しかし弁務官からもスパイ活動を依頼される。いヤいや引き受けると、ナチスは将来のスウェーデン侵略に備えて地形を撮影して準備をしていたのだ。その協力者をさがしていくと現像所の青年だったがタッチの差で殺害されてしまう。次々追い詰めていくと絶海の孤島で暮らす、ソニアの恋人自身にもナチスの魔手は迫ってくる。ナチスとスゥエーデンの二重スパイのようになっても正しい情報を本国に伝えようと苦悩するソニア。戦後も彼女はスウエーデン市民からの「二重スパイ」ではなかったか?という疑惑を晴らすことはできなかった。しかしこの映画はソニアがスウエーデンのために命を掛けたという名誉回復のための映画となっている。

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September 16, 2020

騙す奴に、騙されやすい人の存在。

▼天気がようやく落ち着いてきた。きょうは「燕が帰る日」らしい。わたしの場合、7月下旬から9月半ば、のお彼岸までお酒が飲めれば、あと10か月は一滴ものまなくても平気だ。猛暑の時だけは暑さを忘れるために飲む。したがってあと1週間で終わりだ。

▼しかし本当に騙されやすい人というのはある。友人に「今後はコロナ禍(わたしは鍋に見えて仕方ない)で月一度の会議もネットの会議になるかもしれないから準備をしておいた方がよい」と話した。その人は大竹しのぶのバ〇携帯を3年半つかっていた。すぐ携帯ショップに駆け込んで「これを顔が見えるようにしてほしい」と頼んだらしい。するとショップは「これは古いからできない。変え買えないとだめだ」と言われてらしい。「でも3年半しか使っていない」というと、ショップは「みなさん3年半で買い替えています」というので1週間後の受け取りを約束して帰宅した。1週間後「聞いたこともない機種を売りつけられた。番号だけは入れ替えてくれた。数日間マニュアルを読んで悪銭苦闘したが、動画機能はまったく動かない。2日後朝9時ジャスト携帯ショップのサービスステーションに電話した。15分くらいかけてようやくつながった。「動画通話ができない」と苦情を申し述べると「それは相手の顔も自分の顔も見えないタイプですよ」と言われたという。「ガーーーん」だな。高いカネ払って、たんなる機種交換だったわけだ。だったらジャパネットの方が「初心者には自宅に指導員を派遣してくれるから、その方がよかった。

▼例の高校時代の友人からハガキをもらった噺。いただいたはがきが行方不明になってしまった。3日間どこを探しても見つからない。病院の名前も忘れてしまった。別の友人にK君から手紙をもらったことを「ライン」で知らせたことを思い出した。そこに病院名が残っていた。それを頼りにネットで調べたら、病院の住所はわかったので手紙を書いて夜ポストに投函してきた。入院号棟はわからないけど大丈夫だろう。

▼わたしはベートーベンのCDは一枚も持っていない。別の仕事の先輩が送ってくれたハガキ通信によれば今年はベートーベンの生誕250周年だという。ではCDはどうしたか?図書館で借りた。5番は小澤征爾、6番はグレン・グールドのピアノ。10番はバーンスタインの演奏を借りてウーオークマンに取り込んだ。わたしがもっているCDのほとんどはカンタータ選集などバッハである。マタイ受難曲はゲオルグ・ショルティ版を持っている。ついでに今回新たに「ベートーヴェン交響曲全集をアマゾンで買った。これは愛読している「週刊金曜日」の植村隆社長が韓国の学校へ授業に行っていた。帰りに羽田でPCR検査で結果がでるまで、出社ノーの自宅監禁になってしまった。2週間もやる事もないのでアマゾンで安いベートーベン全集を買って毎日聴いていたという。演奏者は不明だが「英国ロイヤル・フィルハーモニー管弦化楽団の演奏でCD6枚で2000円を切る価格である。年内はこれで楽しめそうである。

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September 12, 2020

高校の旧友から突如手紙が届く。

▼昨日金曜日、高校時代のクラスメイトからハガキが届いた。彼とは親しい付き合いをしていなかった。それに彼は秀才で三田の大学を出て交通関連会社に勤務していた。一方わたしは成績は学年でも終わりに近い鈍才だった。もう一人同じ苗字のクラスメイトは1年前になくなり、遺体は本人の希望で献体になっていると聞いている。だからまだ実家には戻っていないはずだ。そのハガキの彼の住所は長野県第3の都市にある病院になっていた。とすると病気で入院中と推測される。文面は高校の社会科の教師の思い出話だった。話によれば授業を休んでベートーベンの第五と第六のLPを聞かせてくれたというが、わたしはまったく記憶に残っていない。当時からわたしは本を読むのが好きで社会科教師の所に読めない文字があると聞きに行った。たとえば「輔弼」(ほひつ)が読めなかったの聞いた。あと数人の教師の名前が出ていたが、分からない教師もいた。年賀状のやりとりすらなかったので「見舞いに来てくれ」というのかどうかわからない。それにわたしの実家よりも遠方にある。従弟も住んでいるので、ハガキの返事はすぐ出すが、いずれ見舞いに行こうと思っている。

▼10日ほど前に買い物の帰りに振り返った瞬間、路上で転倒してしまった。手足とも擦過傷だけで済んだ。医者に相談したら頭を打っていなければ心配いらないというので湿布薬だけ貼っていた。しかし1週間たったら内出血が出てきて腫れて来た。木曜日当たりは一番腫れてしまい、サンダルで行こうかと思ったが、みっともないでスニーカーに足を無理やり押し込んで出かけた。足の甲だけは腫れが残っているが靴はけ。医者によれば涼しくなった歩行練習をかねてせっせと外を歩きまわれ、とい指導をされている。そして体重を減らすには炭水化物を摂らないことだといわれた。1年前より3kgくらい増えている。一応正月までに5kg減らす計画を立て、夕食からは淡水化物を一切排除している。

 

 

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September 09, 2020

9月10日は何の日?

▼昨日は久しぶりに首相官邸前に出かけた、それは「敵基地先制攻撃を置き土産にして安倍が官邸を去ろうとしているからだ。昼間は猛暑だったが涼しい恰好をしてポカリスエットを持参した。しかし夜の撮影はライトが増えて重くなるのがつらい。主催はNAJATさんで、前日責任者に連絡して撮影許可を頂いた。この団体の撮影は3年くらい前にプーチンが外務省にやってきて、正門前で100人くらいの抗議集会の撮影を依頼されて以来だ。今回もSさんはすぐOKしてくれた。顔パスや飛び込みはルール違反である。わたしはすべて事前に主宰者を探して了解を得ている。

▼その前に前日のNHK録画で「街録」を撮っておいたものを見た。この通称ガイロクは有楽町駅前で通行人を捕まえて「あなたの人生の最大ピンチを聞かせて下さい」というテーマで聞いている。この日もう一つの場所は巣鴨だった。この日ある年配の女性は「詩吟」をやっていると言い、9月10日をやって見せてくれた。9月10日都はご存じの方もいるかもしれない。菅原道真がある事件の容疑を受け、九州に流されたいたとき、作ったものだ。結局彼は再び江戸には戻れなかった。その恨みを歌にしたのがこれだ。道真の恨みは嵐となってその地を荒れ狂った。その怒りを鎮めるために「大宰府の天満宮」が作られた。わたしはそちらも参拝したことがある。亀戸のそれよりはるかに大規模である。

九月十日 菅原道真

去年今夜待清涼
秋思詩篇獨斷腸
恩賜御衣今在此
捧持毎日拜餘香

去年の今夜 清涼に待す
秋思の詩篇 獨り斷腸
恩賜の御衣は今此こに在り
捧持して 毎日餘香を拝す

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September 07, 2020

こんなはずではなかったが、、、 こんなはずではなかったが?

▼土曜日午後、フジテレビで水前寺清子が司会をする番組で「中村吉右衛門一代記」をやっていたので、彼とわたしは同じ年齢ということもあったので見ていた。大体知っていることだったが、彼が成長する過程では「おばあちゃん」の影響、指導が大きかったようだ。6時頃自宅の電話がなり、家族はなにかブツブツいいながら出て行った。しばらくして猫を抱いて戻ってきた。もう一人の家族の説明によると、隣にある一部上場会社の植栽のなかで2日間,雨に打たれうずくまっていたので保護したのだという。私は昨年5月22日深夜に最後の飼い猫Rちゃんが息を引き取ってからもう二度と猫はかうまいと思っていた。実はわたしは3匹の猫の死に目にあっている。後期高齢者のわたしが新しく飼育して、わたしが先に死んでしまったら猫は、保健所に連れて薬殺されるかどうなるか考えると心配である。

▼とりあえず迷いネコを保護していることを周知しなければならない。近くの大型スーパーに行ってスマホの写真を2枚プリントした。1枚は手書きポスターに張り出す。もう一枚はいつもお世話になっている動物病院に持参し、美人看護師さんにお聞きすると「見覚えはないかどうか?」聞いたが「見覚えはない」という。それからが大変だった。何故か猫はおじさんのわたしになつく。夜は布団に潜り込んできたので一緒に眠る。

▼日曜日は朝いちばんで向かいの動物病院の診察を受ける。病気を持っていないか?寄生虫はいないか検査をしてもらう。病院のHPを見ると懇意にしていた、美人動物医師はいなかった。その代り大柄で若い動物医師が親切に担当してくれた。まだ名前は付けていなかったので、診察カードには黒猫なので仮名「くろ」で登録しておいた。1週間ほどして飼い主が現れなければ、再度ていねいな診察を受けることにした。大きな異常は見つからなかった。あとは我がもの顔で家の中を走り回っている。女医さんにお聞きすると年齢は1歳くらいと思われる、とのことだ。しかしオス猫なのでいずれ去勢手術をしなければならない。

▼今朝一部上場企業の懇意にしている担当者に写真入りのメールを送った。1)御社の植栽で見つけた。2)御社で猫は飼育していないか?返事は概要以下のようなものだ。ブランド猫のように美しい、社内で猫は飼育していない。縁があったと思って可愛がってくれ。

▼昨日バスに乗っていたら飼育していたツシマヤマネコが腎臓が弱って18歳4か月で死んだと報道されていた。前のRちゃんも後半2年は甲状腺異常で、腎臓が悪化しないよう毎晩200㏄のリンゲル液を注射していたが、それでも19歳ちょっとで寿命が尽きた。これからまた20年ほどの猫との付き合いが始まる。

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September 01, 2020

歌舞伎座とわたし。

▼先日WOWOWで「老人性痴ほう症」を扱った、映画が放映された。これはポルポレ東中野で上映されたとき見ているが、兵庫県あたりに住む、90歳代の老夫婦のぼけていく様子を娘さんが10年以上撮影している。娘さんは東京の映像制作会社で働き、年に数回帰省している。最初は普通の生活をして奥さんは家事、炊事をしている。一方夫は本が好きで日課は新聞の切り抜きだ。最初は仲睦まじいが、きれい好きの妻が調理ができなくなってくる。デイサービスを使うようになるが、ある時から迎えに来るのを嫌がる。誰にでも来る老いをストレートに描いて考えさせられる、映画だった。

▼図書館から連絡あり、本を返して受け取りに行く。借りたのは1年以上前に予約した恩田陸著「蜂蜜と遠雷」でもう映画になりそれはTVで数回放映されている。現在小説だけで「女帝小池百合子」が22番目まで来た。高木のぶ子の「業平-小説伊勢物語-は33番目となっている。そのほかの小説以外の政治者はご紹介できない。猛暑の午後だったが、バス電車は使わず、徒歩で帰宅する。

▼千葉大学建築学科東京オフィスはこの徒歩沿線で工事が始まった。自治体や町内会では学生の学習環境を壊さないようにと、特殊サービス業関連の出店を規制している。私鉄踏切の脇に小さなネパール料理店が出来たが今まですべて潰れている。理由は天井が低い、小さいことと線路と踏切に近すぎることだと思う。昨日見たが日本食のテイクアウトの店が出来ていた。

▼わたしが歌舞伎座の脇を通ることは前回書いた。実は30歳台から映画に入る前は毎週歌舞伎座に通っていた。仮名手本忠臣蔵の通し狂言も見ている。生前の中村歌右衛門も中村雀右衛門も見ている。娘は歌右衛門の大ファンで、死後の形見分けの恩恵にもあずかっている。今40台の若手歌舞伎役者も当時は下手で下手で歌舞伎はつぶれるのではと心配していたが、どうやら続きそうである。

▼ちなみに私は、中村吉右衛門と松島屋の片岡我當(旧秀太郎)と同じ年齢である。永谷園のCMの女性は彼の娘さんである。

▼仕事がらいろいろな人に会う機会が多いので「非接地式体温兼」を注文し、本日届く。屋内で会う場合はみなさん検温の対象になる。

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