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December 31, 2020

今年も暮れていく。

▼読者のみなさんお元気でしょうか?毎年年末は「テレビガイド」のようは雑誌をかうのだが、今年は30日の買い物ついでに買った。番組表をチェックするとNHKBSで昨晩長谷川一夫の「忠臣蔵」があった。浅野夫人りくを演じるのは山本富士子、鶴田、若尾文子などがでていた。浅野の部下たちは自分の愛人などを利用して吉良邸の地図を手に入れる。その愛情まで利用することが主君の仇討をするためには「合法化」される。吉良は13日空の篭を利用して故郷へ帰った風を装うが義士らは「空だ」と見抜く。

▼年末の大仕事は年賀状書きである。裏面は娘がデザインし、印刷業者に依頼した。問題は宛名だ。PCとプリンターを使うが一筋縄ではいかず、一番苦労する。単にわたしが不器用なだけかも知れない。家族のはすんなりとうまくいった。しかし自分のはプリンターのローラーに絡まってしまう。そのため20枚くらい無駄にしてしまった。最後はあきらめてタック紙に印刷した。午後10時頃には何とかアドレスも印刷し終えた。それで疲れてしまい、本文は今朝31日朝に書き終えた。今年は3月にPCを入れ替え、DTPソフトを新しくしたとき、自分のアドレスや、ウォークマンの音源データも消えてしまった。

▼わたしの部屋には娘が読了した本が年末の整理でわたしに下賜され、50冊くらい山のようにわたしの部屋の床に転がっている。きれいな本ならばブックオフに売れる。しかし彼女のクセは分厚い本も文庫本も5ミリの厚さにカッターナイフで切り分け持ち歩く。そんな本が50冊くらい床に置いたままになっている。それに本の出版をいらいされた団体から歴史的な文書を大量に預かっている。

▼猫ちゃんは家族の寝室にいる、最初は保護猫センターの指示でケージを買って入っていたが2週間で閉じ込めるのは止め、部屋の中で寝てはたまに遊んでいる。数日前にメスのニコちゃんが果敢にもわたしの部屋に侵入し、しばらく探検してから、自分の部屋に悠然と戻っていった。やはり子猫といえども生後3ヵ月の雌猫は勇敢で好奇心が旺盛である。

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December 28, 2020

大嫌いなRTに中古ノートPCを注文した。

▼朝から半日歩き回って、銀行に行く仕事はすべて終わった。難関だったのは中古のノートPCをネットで買い、RT社に振り込む方法で契約して1週間くらい悩んでいた。RTは社長が大嫌いなので、今まで一度も勝ったことはない。あのカミさんも嫌いだ。RTはあのプロ野球の球団も経営している。初期に田尾監督を無理やりやめさせて手法が嫌いで嫌になった。郵便局のATMから払い込む方式だったが何度トライしても失敗する。RTからは「まだ入金がないがキャンセルなら早くしろ」と言ってくる。どこにどの数字を入れたら良いかわからない。きょうはカミさんに解読してもらってATMまで一緒に行ってもらって操作した。送金して2時間したらRTから「入金が確認された」と連絡が来た。実は他社でもほぼおなじPCは売っていた。しかしおなじ装備にバージョンアップしてもらうと4000円くらいRTの方が安かったのだ。大量の文書を素早く入力するには、同じ変換辞書を入れて統一しておく必要がある。他人のPCを自分用に改造するわけにはいかない。

▼わたしはパナソニックのレッツノートを持ち歩いて主に仕事で全国を旅した。大きさとキーピッチが気に入っていた。それもウィンドウズMeになる前に手放していた。旅する時も今ではスマホがあればカメラすらいらなくなってしまった。今回のはメモリー標準4メガを倍にした。そしてHDDもいま流行りのSSDに入れ替えた。商品は1月5日到着なので仕事の資料を読み込んでいれば作業には差し支えない。

▼私事31日の日本映画専門チャンネルは朝6時から終日「忠臣蔵」特集で、いろいろな監督や俳優が出演した忠臣蔵をみる事ができる。すでに録画はセットしてある。なかでも部分的に見た中では北大路欣也が大石内蔵助を演じた10話の作品だ。ほとんどが主君の無念を晴らすため、自分が犠牲になるのは構わないという思想である。昨晩録画して見た10話では、池上季実子が愛人が討ち入りに参加するのを察知して「行かないで」と男を刺してしまう。男もそれを察知して「哀れな女だな」と言って女を殺して討ち入りには参加しなかった逸話だった。当時こういう愛に生きる生き方はかなり難しかったと思う。ついでに私は図書館で大佛次郎の「赤穂浪士」上巻を借りてきて読み始めた。

▼毎年この時期卓上カレンダーを少部数作ってお世話になった方10名に限定してお配りしている。本当はブログ愛読者やその他の友人に配布できれば良いが、少部数はコストがかなりかかってしまうので出来ない。ことしはコロナであちこち出かけられなかったので、過去に撮影した写真で作った。だから撮影場所も分からなくなってしまった。

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December 27, 2020

映画「罪の声」を今年最後の作品として見た。

▼1年の疲れが出て身体のあちこちが痛む。家族が「闇の声」を見てすごくよかったという。小説ではすでに読んでいるが近所の映画館に行くことにした。夕食はクリスマス・パーティを予定していたので、不足していた食料を隣駅のショッピングセンターで買う。イチゴのあまおう、ブロッコリー、カットフルーツだ。映画館の窓口でチケットを買うためTOHOシネマの「ポイントカード」を提示すると映画館が違うという。別のショッピングモールの4℉にあるやつだ。ここは第二精工舎があった場所だ。速足で10分たらずで着いた。

▼あらすじは多少省く。本はキンドルに登録するとあらすじだけなら無料で読める。これはグリコ。森永事件の真相の振れている。人質事件は現金を受け取るところで失敗することを犯人グループは学んだ。ヨーロッパで起きた大金持ちの誘拐事件でもそうだった。わたしはその誘拐事件の映画は10年以上前に見ている。犯人グループはその経験に学んだ。要するに為替相場を誘拐事件を巧み利用し、「毒入りチョコ」を混ぜると報道機関にばらまき、相場を上下させ、シテ筋を装った犯人グループに買わせていたのだ。それで多額の利益を出して犯人グループで分配した。警察を翻弄した作戦も仲間に元警察官を入れ、警察無線の盗聴などさせ、「現金受け取り場所」を次々変更して裏をかいた。

▼映画では事件に使われた「現金受け渡し場所」を指示する子どもの声の秘密だ。要するに関係者の子どもに原稿を読ませカセットテープに録音した。星野源がテーラーを営む人物になり、彼は押し入れにあった箱のなかからカセッとテープの原本を発見する。もう一人は父親に頼まれた娘で悲惨な最期を迎える。新聞記者役は小栗旬で昔社会部で歌津が上がらず、今は映画担当記者でで腐っている。

▼現金強奪の仕掛け人は小説でも映画でもイギリスに住んでいることになっている。警察の協力者は無線の専門家ということになっているが、出て来た無線機はイノウエの144MHZ機だった。144は今日本では一番使う人が多い周波数なので犯罪に使うには一番不適当である。撮影スタッフに専門家がいなかったのだろう。

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December 25, 2020

「戦車闘争」に参加した方からツイートがあった。

▼昨日は久ぶりに厚労省前で「ワクチン危ない」街宣をおこなった。ツイキャスの常時視聴者は13人と今まで比べてかなり多かった。その後ツイッターでも激励の声が次々寄せられている。中には「この女性は本物か?」というものまであった。ご返事は本物で毎週木曜日午後4時第二議員会館前に来ていただければお会いできます、と書いた。

▼昨日のツイッターとブログで「戦車闘争」を書いたら「自分も戦車の前に座り込みに参加」した方からツイートがあった。現在は介護の仕事をなさっているようで、上映は延長されないかと言っている。ポルポレ東中野は一月上映で後は地方を回ると思う。わたしはできればDVDを買いたいと思っているので、買ったら告知するのでお貸しできると思う。

▼この映画は火曜日朝7時半ころNHKで、学生のような方が「政府に反対するようなことをしてはいけない」と思っていた。しかしおばあちゃんも座り込みに参加したと聞いて、「自分にもできるし、街頭行動をやらなければならない」と思ったと言っていた。映画はこういう力がある。これは素晴らしいことだ。ノーガキいうだけで自分一人ではなにもできない人が多い中で、大きな力になっていく。つまりわたしが言いたいのは人がやっていることに平気で唾をはく「評論家や批評家はいらない」ということだ。

▼きょうは新しい仕事の打ち合わせに某所に某氏と出かけた。これでわたしの担当は作文であり、2か月はゼロから必死に取り組まなければならない。わたしがメインで使っているデスクトップPCは別の集計作業をしている。他に家族が2台経専用のPCを2台。豚児がデスクトップを2台。集中的に原稿を書くために中古のノートPCを注文した。図書館があいていれば執筆によいが、あいにくコロナで学習室は使えない。邪魔が一切はいらないどこで書くか?それが問題だ。

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December 24, 2020

ポルポレ東中野で「戦車闘争」を見る。

▼戦車闘争とは米軍相模原補給廠から修理されたⅯ113兵員輸送車をノースピアからベトナムに送り返そうとした、ことに反対した1972年横浜で起きた事件である。それまでは、米軍の要請で何も疑問もなく修理しベトナムの戦場に送られていた。しかしノースピアの手前にある村雨橋の手前で、ストップされた。重すぎて箸が壊れてしまうんじゃないか?と。相模原市長は「無理だろう」という結論を出す。そして当時の飛鳥田一夫に相談すると「道路交通法の重量制限にひっかかる」という結論だった。

▼当時相模原市議会議員の社会党議員はいきりたち、村雨橋の先の交差点でピケットを張って、市民団体から政党、学生団体が「止めろ」押し掛ける。映画で最初に登場するのは高校の後輩にあたる吉岡忍氏(日本ペンクラブ代表)である。さらにもう一人昨年オスプレイ取材でお会いした頼和太郎氏で、あり当時東大の自治会に所属していた。名刺交換し、講演のビデオ撮影をお願いしたら快くOKしてくださった。吉岡氏は当時べ平連でジャテックという脱走した米兵をソ連経由で北欧に脱出させる運動をしていた。デモ隊は様々な人たちが集まって来た。市民団体で評判が悪かったのは某政党で、過激派学生が機動隊に追われて彼らのテントとに逃げ込むと「暴力学生の来るところじゃない」と追い出すことだった。

▼機動隊は完全武装でやってきて排除する。それはジュラルミンの盾を押し立て、デモ隊の足や下半身と狙って制圧しようとする。ジュラルミンの盾は足の骨など簡単に折れてしまうのだ。ある法学部の学生は司法試験を受けようとしていたが、その怪我と起訴され司法試験を受けられなくなって一生を棒に振ってしまった。

▼要するに相模原補給廠もノースピアまでの道も「日米地位協定」に守られた事実である。だから米軍と日本政府の考え方は「道路興津法を変えてしまえば良い」という理解だった。70日間にわたる戦い(妨害行動)も機動隊の投入によって制圧された。伊勢崎賢治さんは「日本の平和勢力は憲法9条が盾になる、と信じているがそれは間違っている。」地位協定の方が優先して9条などあっても痛くもかゆくもない。米人記者が三沢基地に行ってパイロットに聞いた。「どこまで爆撃にいくの?」シリアとか中東の名前が挙げられた。つまり日本の基地だけ提供してもらえれば他はなにもいらない、というスタンスなのだ。日曜日朝NHKで「コザ騒動」を見た。勝手気ままに闊歩する米軍人が沖縄の人たちは許せなかったのだ。だから米軍MPは拳銃を数十発発射した。

▼日本の基地を根本から考えさせられる映画でした。

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December 21, 2020

行方不明の猫ちゃんと忠臣蔵&規制委員会の記者たち。

▼木曜日は書いたように屋外活動がハードだったため。腰に来てしまった。医者にいくついでがあればクリニックでビタミンB1の注射を打ってもらう。幸い動けないというほどではないので湿布薬で済ませた。わたしの腰痛の自宅療法は「せんねん灸」が一番効く。しかしこれは上半身裸になって背中に据えるという芸当は一人ではなかなかできない。痛みの2日目は外出は自粛する以外になかった。我が家に二匹の猫ちゃんが、来て1週間を過ぎ、多少落ち着いてきた。しかし日曜日午後1歳くらいのオス猫イチローがいなくなって家の中は大騒ぎになった。部屋の外に落ちてしまったのか?わたしが買い物にいくときドアが開いた瞬間を狙って家を飛び出したのか?様々はパターンを考えてマンションの9階から1回まで歩いて探した。家の植え込みに死体が転がっていないかとも考えて一周してみた。4時間くらい押し入れを空にして全部さがしたが見つからなかった。夕方5時頃になって室内に隠れるようにしてうずくまっているのを発見した。これで疲れてしまった。

▼わたしはやりかけの仕事をまとめたりした。それとこの間撮りためた「忠臣蔵」を見た。その1は杉良太郎の「忠臣蔵外伝」(薄桜記)で杉は丹下左善役、最後は吉良邸で用心棒をしており、討ち入りの前日、高田馬場で活躍した堀江部安兵衛に切られてしまう。もう一つは「大忠臣蔵」片岡千恵蔵、中村錦之助ら昔の人が出る。前半の設定が今のものとかなり違っているが、討ち入りシーンは同じ。永代橋の行進も同じ。吉良が悪者だから仕返しは当然という考えだ。

▼きょうは久しぶりに六本木の原子力規制委員会特別会の傍聴。1週間前に傍聴申し込みをしたが連絡はこなかった。受付でも身元確認で手間取る。さらに13階の会議受付で身元確認をというので「下の受け付けでしてきたのになぜ必要か?」食い下がる。わたしの自動車運転免許証はこの身元確認のために存在する。パスポートも可だが免許証の多きさにはかなわない。

▼会議は更田委員長が東電の小早川社長にたいして「最後は国が助けてくれる」というような甘い考えがあるのではないか、何度もしてされる。それに津波対策は千島で地震が発生したとき今より4m高い防潮堤を作ればそれで良いという考え方は甘いともいわれる。日本は地震の巣なのに、自分で過小評価して安心している。などトップがリーダーシップをもって行動しないと現場は混乱するばかりだとも指摘される。

▼しかしiwjの中継担当者はわたしより年配の人が機材をいじっていたけど大丈夫なんだろうか?ツイキャスをやっている人にもっと強力してもらったらどうなんだろう?

▼会議が終って「囲み取材」は今回別室になった。前々回会議室の脇でやったため、わたしの録画ビデオカメラが入ってしまった。それに懲りて新聞記者だけにしたのだろう。週刊金曜日に書かれているように、記者クラブの閉鎖性と、そこに付け込む権力者の汚いやり方が見えて来る。はっきり言っ記者クラブが亡くならない限り日本のマスメディアは権力者に利用されるだけだ。なぜなら記者たちはパソコンに向かって夕刊向けの記事を書くだけで質問ひとつしない。こういう人たちは速記者になった方が良い。

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December 19, 2020

取材で大いに歩きまわった日。

▼昨日は取材。東京の隣にある某市に行った。20年ぶりになるだろうか?この市の市議さんには懇意にして頂いていたが、逝去されてから行く機会なくなってしまった。風景が一変してしまった。駅を降りてからどっちに行ったら良いか皆目見当がつなかい。駅ロータリーにはふつう目立つところに交番があるが、それも見つからず、スマホでグーグルマップを見たがわからない。幸いショッピングセンターに地図があったので、それを他よりに歩き始めると、交番は見つかった。市役所の先、マクドナルドの先にあるという徒歩20分だ。

▼実は前の日ダイインなどがあって、国会の周りを三脚を担いで2周もしたので腰痛がでてしまった。歩き回るとかなり右腰がかなり痛む。場所はわかったが電話の時の親切さと異なり収集した資料の墓場である文字数は1000字足らずなので展示されている資料だけで十分だ。しかし写真がない。あとで調べると妙見島の常夜灯が残っているというので、自宅からかなり近いので後日撮影に行こう。

▼飛び込みの仕事の打ち合わせをする。場所は我が家からそれほど遠くない。打ち合わせのあとパーティの日時が4月に決まっているので1月中に原稿を書いてくれという。おっとっとどこか集中して執筆できる場所を借りて一気に書けばよいだろう。しかし図書館の学習室は閉まっている。ノートPC持参でどこかに立てこもろう。80ページだから2週間もあれば書ける。25日締め切りの仕事は取材から帰って3時間で仕上げた。本日清書すれば完成だ。あまり早く提出すると「そんなに簡単なのか?」と思われる。じらして提出日の朝に送信する。

▼これで月曜日の原子力規制委員会の傍聴にも行けそうだ。ただし招待状が来ればの話。わたしは大人しく声を上げずに傍聴しているので、恐らく今回も大丈夫の筈だ。

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December 16, 2020

12月最後の取材日程が決まる。

▼先日高田純次の「ジュン散歩」を見ていたら、木下街道を旅していた。最初は印西市に行ってウナギを食べていた。木下(きおろし)という駅もあるのだが、木下街道はこの印西から中山競馬場の脇をとおり、行徳まで続いている。一度由来を知りたかったので、ネットで調べてみた。すると某市の資料館に「木下街道」の膨大な資料があることが分かった。昨日電話して「見せてほしい」と頼んだ。さらに資料は1ページ100円のコピー代実費でコピーサービスもしているという。1000字以下の原稿なので、メモだけで済むと思う。いま行けるのは金曜日以外なさそうだ。その他取材やツイキャスをする場所と日程についても責任者にメールを送って返事を待っている。この原稿は締め切りが1月7日になっているので、年内に書いて送信してしまう。きょう午前中は歯科医、午後から本社で会議が待っている。

▼猫ちゃんはだいぶ落ち着いて来た。ニコちゃんは点眼薬をつけていたのでだいぶ具合が良くなってきた。朝6時頃朝食を与えるのだが、2匹同時にやってくるのでチャンチュールを二匹同時に与えるのはかなり技術がいる。

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December 15, 2020

12月14日は、必ず「忠臣蔵」を見る。

▼日曜日に猫がやって来た。それも二匹が一度にだ。すでに書いたように、一般社団法人猫保護センターとコンタクトを取って一か月。猫は1匹より2匹の方が育てやすくて良いとも言われた。我が家に来た猫ちゃんは大体20年近く長生きしている。となると、今度はわたしは彼らに看取ってもらうことになるかも知れない。

▼保護活動をしている方は猫のおもちゃや、今までの場所でにおいのついているハンカチ、点眼薬に餌なども持ってきてくださった。そして2時間くらい滞在していて最後に「猫が逃げたり、病気やえさを食べないとか困ったことがあったら24時間電話してください」と名刺を置いていった。1歳くらいのオス猫はイチロー、3ヵ月くらいの雌猫はニコちゃんという名前を付けた。というのは30年以上前の大昔、最初にもらったオス猫は数字の「〇五郎」から始まっていた。その後名前には。何等かの一連番号がついているからだ。

▼メスのニコちゃんの母猫はわたしの家の近くの私鉄駅構内で、施設の人に発見された。彼女たちは週電が終ってから「どこかで猫の鳴き声が聞こえる」と連絡があったので駅員さんに断って聴き耳を立てて探した。するとプラットホームの下から発見された。母猫も一緒に保護され名前は「デビ夫人」という。お母さん猫もさいきん貰い手が見つかったという。保護施設とのやり取りはフlェイスブックで、近況を知らせるようになっている。わたしはフェスブックはCIAの情報収集ツールだと疑っているのでやってない。しかし毎日頻繁に猫の健康状態を知らせる必要があるのでペンネームで再入会しようと考えている。

▼オス猫のイチローも最初の日だけかなり興奮していて怖いくらいだった。1日目は自力でケージを脱出してしまった。我が家は高層階なので保護猫センターからケージで育ててくれと言われ、それを守っている。ケージを一度脱出されたので大きな洗濯バサミで簡単には動かないようにした。保護センターに払ったお金は、予防接種の注射代実費(獣医の証明書あり)1匹に2万5千円だけだった。

▼昨日は討ち入りの日だ。「敵基地攻撃」の原稿が仕上がったところで、都営バスで両国まで出かけた。駅から10分くらいの場所にあり、人がひっきりなしに訪れていた。討ち入りの日は「忠臣蔵」を見るのがわたしの流儀だ。数年前は12月になると4~5本テレビでやっていた。一番面白かったのは杉良太郎が片腕を切り落とされるのだった。昨夜TVをチェックしたらBSTBS2chで「女たちの忠臣蔵」(石井ふく子演出)をやっていた。おしんの小林綾子が足が不自由な役を演じていた。数年前彼女が不自由な身体で兄を追う場面で終わりかと思って、暗い映画だと感じた。ところが昨晩見たらそれは一部の終わりだった。2部があったのだ。大石蔵之助は丹波哲郎、妻りくは香川京子だった。香川はわたしが小学生の頃、校庭にやってくる映画会(スクリーンは学校のカーテンだった)憧れの女優だった。2部では本懐を遂げて47人が永代橋経由で泉岳寺まで行進する場面では町の人々が「おめでとうございます」と口々に言って振る舞い酒を飲む。「おめでとう」には思わず涙が流れそうになる。わたしもニッポンジンだなー。原作は橋田寿賀子だから、男が「本懐」を遂げる裏にはかくも多くの女性が犠牲になっているというスタンスにはなっている。

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December 13, 2020

宮本顕治著「敗北の文学」を拾った。

▼いろいろあって猫を2匹飼うことにした。最初は自治体の関連する猫保護施設に登録して、ネットに出ている1匹を申し込んだ。しかし夫婦とも高齢であることを理由に「同居する成人を連れて面会に来い」と言われた。成人は仕事で深夜に帰宅するので、時間調整が難しかった。それに保護した猫を飼い主を探すため、首輪をして夜間路上を散歩したことを理由に、はっきり「不適格者」にされてしまった。後者で言えば、ハーネスとひもをつけていたから逃げだす心配も危険もなかった。それに夜間散歩のお陰で、ひと月保護していたため、飼い主を発見して返却できた。猫も飼い主も幸せになったはずだ。

▼諦めきれず、猫の保護活動をしている団体を見つけて、家族そろって訪問した。2週間くらい、習熟期間として②から日置きに猫の面接に来てほしいと言われた。その経緯は一度書いた。こちらがよほど猫好きであることを責任者に見破られ、「もう一匹、(つまり2匹)引き取って欲しい」と頼まれた。それで私鉄電車で一駅の保護センターにずっと通い続けた。昨日は最後で多少時間に余裕を持たせ、終点の駅から約10分の道を歩いた。すると年末のせいか「不要の本をお持ちください」と表示があり、50冊くらいの文庫本が並んでいた。その中に「白川夜船」(吉本ばなな)「下町」朝日新聞、「敗北の文学」宮本顕治があったので、この3冊を抜き出した。「敗北の文学」とは宮顕治が若いころ書いて文芸雑誌「改造」の懸賞募集に応募して1席に入選した論文であった。この時1位は小林英雄の「様々なる意匠」だった。論文は自殺した芥川龍之介批判である。

▼芥川氏は病苦の中に、「この社会に対する恐れ」が強く影を落としていた告白を、我々はここに聴くのだ。(中略)私はもう結論してもいいだろう。芥川龍之介氏の文学の「最後の言葉」は、社会生活における人間の幸福への絶望感であった。昭和30年発行の河出書房の文庫本の価格は60円。奥付には朱肉で「宮本」の印鑑が押印してあった。価値の分かる人ならば数千円で欲しがるに違いないだろう。

▼本書は大昔一度読んだことはあるが何も覚えていなかった。亡き父は芥川の「杜子春」が大好きで毎晩、毎晩読み聞かせられた。これもわたしになにを言いたかったのか、まったくわからない。さらにその習慣は妹へも、さらにその子(孫)たちへのつづけられたという。

▼それで肝心の2匹の猫ちゃんは午後6時に保護センターの人がもってきてくれる。「危険だからケージで飼ってくれ」というので家の中は巨大は2匹のケージが鎮座している。さらに家の前にはこの地域では有名な動物病院がある。世田谷に住む友人も近所の獣医の指示でここまで愛犬を治療に連れて来た。動物病院の壁面も4年ぶりにクリスマス・イルミネーションが昨日の朝5時に点灯し始めた。写真は撮ったがそのまま掲載すると、私のいる場所が分かってしまうので加工してからご紹介する。

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December 12, 2020

撮影者、中継者の気持ちは、なかなか見るものに伝わらない。

▼納品の目途がつかなかった仕事の目途は14日につきそうだ。16日に本社の会議があり、それで終わる。しかしわたしにはそのほか原稿の締めきりが2本ある。原稿は読ませる工夫と筋を考えれば、2000字なら2時間もあれば書ける。使い慣れたPCさえあれば問題ない。先日ユーチューブにアップしたが、NAJATの杉原さんの学習会も、ビデオを見る人は2時間目が離せないから大変だろう。わたしは取材に行ってから某編集長に原稿を書くから次に発行する新聞に使ってくれ、と売り込みした。原稿料は一銭もでないが、世の中の大勢の人が考える機会になれば良いと思っている。

▼ツイキャスをしていると、テロップを入れととかいろいろいう人がいる。放送局は中継車があって、それを人工衛星に打ち上げ。自局の放送力のアンテナで受信するから綺麗で速い。しかしこちらはリュックと三脚を背負って現場に出かける。それも徒歩とバス、地下鉄を使ってだ。集会が終ってもそれと逆の方法で帰宅する。夕飯を食べながらアップロードする。それだけで撮影したのとほぼ同じ時間がかかる。そしてGoogleでも内部で処理作業がかかるから作業を始めてから1時間の番組でも合計2時間かかる。10年前反原連の集会に参加したときはデジカメしかなかった。しかも自宅はインターネットもメールしかやらなかったのでアナログ回線しかなかった。だから10分撮影しても、もの凄く時間がかかった。そのうち光デジタル回線の売り込みが来たのでそれに変えた。2年くらいやったら、突然サービスを中止する、と言ってきた。それは道路を全面地下ケーブルするためだった。この作業は10年続いた。工事中ケーブルTV会社の売り込みがあったので、それに変えて早くなった。ところが道路工事が終ると再び光デジタルが「再び使ってくれ」とやって来たが、「不便をかけやがって」と契約はしなかった。

▼家の近くに高田純次の「ジュン散歩」のロケが来たことがある。見たらスタッフは30名くらいいた。わたし一人で同じことはできる筈はないのだ。わかってもらえましたか?しかし反原発運動をユーチューブをアップすると、口汚い罵りがわたしに寄せられる。一切対応していないが、そういうやつらは現場に来て運動の責任者と論争を挑めばよい。そんな意気地もないくせに、メールでは乱暴な口を利く。反論する元気がある人がいたらメールは転送します。

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December 04, 2020

電源が切れたスマホは何のやくにもたたなかった。

▼数週間前、取材でインタビューがあり、現地10時半の到着予定で出かけた。家をでる時はスマホの電池は80%くらいあった。ところが電車いに1時間半乗っていたら、40%くらいになっていた。取材の最中にも電話がかかってくるので、仕事中といってきる。取材は1時間半。JRと東京高速で、仕事の目的地につく。そこで本社とファクスのやりとりをしなければならない。そのとき、すでにスマホの電源はなくなっ
▼むかし携帯電話がなかった頃、普通の人は20個は電話番号を暗記できると言われていた。当時わたしもそのくらいは覚えていた。30歳から50歳まではクルマにのって仕事をしていた。7時半に家を出発するとき「ひとあめきべさ」とつぶやいた。それはわたしが考案した忘れ物チェックリストだ。ひ=筆記用具、と=時計、あ=手帳形アドレス帳、め=メモ帳、き=事務所、クルマと家のキーベ=ポケベル、さ=さいふ。しかし考えてみるとこのすべてが今ではスマホ1台に入っている。
▼話を最初に戻すと、電話は仕事先の固定電話を借り、本社に電話してfaxの番号を聞いてやりとりを終えた。実に情けない話ではある。その後もちあるき出来る、千円で軽く、半日くらいもつ外部電池を購入した。▼数週間前、取材でインタビューがあり、現地10時半の到着予定で出かけた。家をでる時はスマホの電池は80%くらいあった。ところが電車いに1時間半乗っていたら、40%くらいになっていた。取材の最中にも電話がかかってくるので、仕事中といってきる。取材は1時間半。JRと東京高速で、仕事の目的地につく。そこで本社とファクスのやりとりをしなければならない。そのとき、すでにスマホの電源はなくなっていた。わたしが記憶している電話番号は2つ。本社と自宅だけである。
▼むかし携帯電話がなかった頃、普通の人は20個は電話番号を暗記できると言われていた。当時わたしもそのくらいは覚えていた。30歳から50歳まではクルマにのって仕事をしていた。7時半に家を出発するとき「ひとあめきべさ」とつぶやいた。それはわたしが考案した忘れ物チェックリストだ。ひ=筆記用具、と=時計、あ=手帳形アドレス帳、め=メモ帳、き=事務所、クルマと家のキーべ=ポケベル、さ=さいふ。しかし考えてみるとこのすべてが今ではスマホ1台に入っている。
▼話を最初に戻すと、電話は仕事先の固定電話を借り、本社に電話してfaxの番号を聞いてやりとりを終えた。実に情けない話ではある。その後もちあるき出来る、千円で軽く、半日くらいもつ外部電池を購入した。
▼昨晩の三脚が折れた話し。ご存じのように前日、秋葉原の原電本社の抗議活動のツイキャス中継に行っていた。毎月第一水曜日は原電と東電前で抗議活動をしている。1年前までは、神田にあった原電前から内幸町の抗議をかけもちで約時間余、中継をしていた。しかし飲まず、食わずで2時間たちっぱなしはかなり体力を消耗する。それに東電前の抗議を録画してユーチューブにアップするとGoogleが、著作権法違反の曲がはいっていると称してせっかく撮影した画像全部消してしまうのだ。ツイッター上で泣きついたが応対してくれる人はでてこない。どなたか余力のある人はビデオ撮影していただきたい。ユーチューブにアップする高速通信回線がなかったらわたしにカードを郵送して下さい。わたしが代わりにアップロードします。撮影者の名前はちゃんと入れます。
▼問題の三脚だが、パラパラ雨の予定が大雨になってしまった。機材委担いで自宅を出るとき、レインスーツを着たら、家族が寒いからダウンにしろと言われた。だが豪雨で身体の芯まで雨水がしみて来た。つまりずぶ濡れである。帰宅してもまだ風呂は沸いていない。豪雨が影響したのは身体だけではなかった。三脚の芯まで水が入っていた。翌日も天気ならば、陰干しする時間はあった。しかしそのままで国会に行った。アスタートで場所決めをするのだ。スピーチが始まってから弁士が動いたのでそれを追おうとしたら、照明や機材が重い三脚が倒れてしまった。撮影は滞りなく終わったが機材を撤収しようとしたとき、釣り竿でいう「石附」の部分が、前夜の水ですっぽり抜けてしまった。幸いな事に折れてはいなかった。

▼商売道具のPCを買い替えるために出す3~5万円はおしくはない。しかし趣味のためにその金額は出せない。とりあえず足が抜けたことが判明したので、100円ショップのエポキシ液混合タイプの強力接着剤で何とかなる。

 

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