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December 09, 2021

寒い農村の冬のお話。

▼昨日夜は東海第二の再稼働反対アクションがあった。しかし仕事が終らない。さらに雨が降り路上は滑りやすい。転倒でもしたら大変なので出動は自粛した。機材が思いので滑ったら大けがをしてしまう。アメリカから日曜日帰国した友人は成田から直行で都心のアパホテルで観察になって4日目、朝のPCR検査で異常がなければ、手配のバスで成田に連れ戻され、そこから公共交通機関を使わないで東京駅まで戻って帰宅となる模様だ。アメリカを出国する前に2泊観察、都内で5泊だから合計7泊させられたことになる。

▼わたしの体調はまず不具合はない。ただ寒いところで育った割りに寒さに弱い。木造家屋で外から雨戸→ガラス戸→障子の家だったから防寒対策はないに等しい。家内は炬燵だけだ。冬の夜は家族が炬燵を囲んで布団を敷く。夜は暖かいが朝になると喉が痛くなった。雪は降らないのでスキーはできない。スキーはお金持ちの遊びで、子どもは田んぼに水を張って下駄スケートを楽しんだ。足袋をはいたうえがら真田紐でぐるぐる巻きにするかた痛い。長く滑っていると血液が足に循環しないので痛くなってくる。

▼現金収入は米と養蚕だけである。養蚕も慣れない人には蚕が変化して最後は黄色になって糸を吐いて繭玉を作るのは奇怪でしかない。夏は蚕第一なので花火で遊ぶことは許されなかった。それでも祖父は先進的なことにトライしてリンゴや桃の栽培を始めたので偉い。桃が開花して霜が降ると予想されると、まだ霜の対策もなかったので、家じゅうが徹夜で畑に出て、古タイヤを燃やして霜を予防した。まだ霜の理屈も分からなかったのでそれらは全く役にたたなかった。今の果樹園にはあちこちに小型の送風機(扇風機の大きなもの)が取り付けられている。キアヌ・リーブスの初期の映画で南米のどこかで鳥の羽根を使って霜を防いでいるシーンは、ありえないのでお笑いだった。

▼今朝の東京新聞1面左トップの慶応大学出身の軍医が真珠湾攻撃で潜水艦に乗って監視していたという記事は衝撃的だった。遺品が慶応大学三田キャンパスの塾史展示館で公開されているというので、潜水艦大好き人間としては、さっそくネットで申し込みをした。

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