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February 03, 2022

街頭に出て抗議をするから意味がある。

▼寒いところで育ったのに、冬の寒さは身体にこたえる。小学校の頃学校まで約1kmの道路を往復するのだが、防寒帽子を被っているにも関わらず、吐いた息が頬に絡みつき、それがしもやけや、あかぎれになるのだ、正月に見たNHKで「ガイヤの夜明け特集」を全部見た。その中に黒部ダムを作る苦労の実写版があった。黒部のはんばに籠る人たちは家族と水杯を交わしてきている。あるのは業務連絡をする無線電話だけである。私用には使えない。たとえ家族が危篤になっても電報を打っても配達する人がいない。あるとき仕事で連絡のため山を下りる事になった人が、働いている現場監督の夫と握手し、山を下りておくさんのと事に挨拶に行く。奥さんと握手して「旦那さんと握手してきたので、旦那さんの手だと思って握手してください」という話には泣けた。

▼ダムを作る起点になったのは大糸線の信濃大町であった。しかし私が小学生の頃大糸線はつながっていなかった。学校で教えてもらったのは松本から信濃大町までの大糸南線と信濃大町から北の大糸北線だった。先日も雪崩があって数日間不通になっていた。わたしの実家は一番外側に戸板の雨戸、その中に障子紙だけだった。真冬は家の中にある漬物が凍ってしまった。暖房は炬燵だけで、それを囲んで家族は布団を敷いた。だが朝になると喉をやられてカラカラになった。

▼毎週金曜日の反原連国会前抗議には10年間通った。とくに冬は辛かった。カイロなど持って行ったがまったく効目がなかった。昨晩は5時から6時まで秋葉原日本原電本社前抗議の日だった。しかし寒いし、秋葉原はトイレがない。寒い中1時間半も我慢するのはとても肉体的に辛い。原電が終ると新橋東京電力本店に移動して抗議となる。これが午後7時半から45分頃まで続く。こちらはトイレが複数ある。しかし東電本社は、皇居のお濠の脇にあるから水面を伝わってくる風が冷たいのなんのってありゃしない。だからわたしは撮影と中継目的で参加しているが、とても身体がもたないので東電前にはいかない。

▼昨晩はわたしにとって久しぶりの屋外抗議だったが、寒すぎで取りやめた。もしもTwitterだけで世の中が変わると思っている方がいらしたら、3ヵ月に1度くらいは現実の行動に参加することをお勧めする。某新聞に政党のトップがミャンマーを論じたり、コロナワクチンを論じたり立派なものだ。抗議の現場で一度も顔を見せたことがない人が、偉そうなことを言っても全く説得力はないのだ。誰も付いていかないよ。

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