July 09, 2011

◇「蜂蜜」(トルコ映画、その2)

▼昨日、今朝と検索用語のトップは中村安希さんだった。これはTBSラジオに登場した事を紹介したら、数日前の朝日夕刊でも紹介されたいたためだと思われる。ネットよりも、中村さんが書いた最初の本「インパラの朝」をお読みいただければ、彼女の事が理解できると思う。ネットで分かることなどたかが知れているから…。
▼夕方一通のメールがあった。それはメルマガをお読みの方にはご紹介したが、映画「月と太陽と」の記事だ。メルマガは新聞記事として掲載したものだ。ブログはあくまでも下書き。わたしは2000字くらいの記事ならば全部記憶で書いてしまう。だから取材したときポイントを書き残しておかないと分からなくなってしまう。というのはわたしは文字が汚いのでメモをとっても自分の書いた字が読めなくなってしまうことがある。
▼昨日の防空壕も同様でS編集長にブログに書いたメモを送ったら「後半だけでいい」という返事があった。昨日のメールとは映画の上映運動をしようとしているIさんとおっしゃる方で「妻に映画の内容を説明したが、いくら言っても分かってもらえなかった。ところが新聞記事を見せたらすぐ分かった」と感謝された。大体そんなものだと思う。パソコンの練習でも語学でも肉親に教わっても決して上達しない。教わる方は肉親だから「もっっと親切に教えてくれてもいいのに」と思う。教える方は「何回言ったらわかるのだ」という事で大体長続きしない。PCレッスンをご用の節は、どうかわたしめにお申し付けただきたい。
▼「蜂蜜」(その2)父親は「黒崖」に行けばミツバチはまだいるかも知れない。しかし危険な場所なので命は危険に曝される可能性がある。しかし一家の長として家族を食わせていかねばならない責任はある。新しく編んでもらった綱をもってでかける夫。妻は村人と共に茶葉を摘み、作業に明け暮れる。しかし何日たっても夫の消息はつかめない。一人息子を実家の母に預けて警察に「行方不明」の届け出に行こうかしら。実家に戻るとちょうど村祭りの最中でみんな集まっている。夫の行方を知っている人がいるかも知れない。そう思って聞くが誰も首を横に振るだけだ。
▼もうダメかも知れないと息子を自宅に連れて帰る。息子が学校に行って教師に朗読を指名される。今回もいつものようにつっかえて読み終えることはできなかった。だが何故か教師は彼に「優秀朗読」の目印である赤いプレートを付けてくれて、「きょうは早退していいよ」と優しく言ってくれる。何故だろう。家に帰ると近所の叔母さん達が大勢集まっていた。これは父さんの行方不明と何か関連があるのだろうか?そうかも知れないな。「父さん、父さあーん。父さあーーん」どこへ行ってしまったの。ふと気づくと苔生す太い木の根っこに鋏まれて眠っていた。ま、こういう映画です。トルコの山村の風景と親子三人でつましく暮らしている風景はどこか30年代の良き日本を思い起こさせてくれるのです。
▼1月にブエノスアイレスで買って来たマテ茶はあと数日で終わる。終わる頃になったら味の良さが分かって来た。ネットで探すと通販で手に入ることが分かった。日本の茶葉だけでなく、麦茶も日本のビールで使っている四割は栃木の二条大麦も汚染されていると指摘する人もいる。しばらくの間マテ茶の方が安全だと思う。しかし「しばらく」が10年なのか20年なのかまったく分からない。ビール好きな人はこれから夏に向かってどうしますか?ビールは一切止めてミネラルウォーターだけ飲むか?それとも鹿児島の芋焼酎だけにした方が安全かも知れませんよー。

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June 29, 2011

◇「テンペスト」を見る。

▼昨日の東電の株主総会を開くにあたって都庁に電話して「脱原発発言をしていただきましょう」と呼びかけました。朝日夕刊によれば電話が200本でその他100件とありました。おそらく後者はメールによるお願いなのでしょう。しかも驚いた事に東電の配当金が注ぎ込まれている東京都交通局にも100件の電話があったということです。おそらく有価証券報告書などを仔細に分析している人がいるのでしょう。
▼夕方の段階でGoogleで「都庁/東電株主総会/電話」で検索すると、検索用語のトップにこのブログが来ていました。一定の役割は果たせたかなと思います。それにしても都知事は委任状を出して欠席したようです。意外と肝っ玉が小さい人なのです。そのかわり次期オリンピック開催地に立候補するなどと戯言を言っています。それが実現する可能性はまったくありませんが、自分の選挙でお世話になった広告代理店に大判ぶるまい(前回の召致宣伝費は50億円電通に払った)して恩返し」でもするつもりなのでしょうか?
▼原発問題は某SNSでも発信していますが、こちらは殆ど反応ゼロで「応援」のクリックすら付きません。ほおっておけば何とか解決してくれると思っていらっしゃるのか?発言したら就職で差別されるから「怖い」と思っているか?良く分かりません。しかし知識を吸収することだけには積極的です。学んだ事はSNSで呟くだけでなく実践しないと、社会を動かす力にはなりえません。同様に「都庁に電話しよう」と書いたのは応用問題です。首都圏から東北にかけての自治体は少なからず東電の株を保有しているはずです。皆さんがお住まいの自治体に電話していただきたいのです。「自分は東京でないからいいや」などと思わないでください。きょうは関西、九州電力の株主総会です。その辺はどうしたらいいか、ご自分の頭で考えていただきたい。とにかく人間が動いて圧力をかけない限り原発事故は収束しません。
▼朝横浜に住む友人から、NHKの「ラジオ深夜便」(を聞いてらしい)で千葉県立大網高校の校歌の事を放送していた。詳しい事を知っていたら教えて欲しいという電話がありました。大網の知人に電話したら不在だったので、早速ネットで調べてファクスを送りました。
◇「テンペスト」主演でプロスペラ(ヘレン・ミレン)は昨年アメリカのスパイ映画「RED」で元ロシアスパイを愛してしまう女スパイを演じていたがとても存在感があった。彼女はわたしよりも1歳年下であり、カメラをアップにしてもまったく老いを感じさせない。「テンペスト」はNHKBSプレミアムで時代劇「テンペスト」として、仲間由紀恵主演で7月から放送される。テンペストとは「嵐」だ。映画はアランゾーが娘の結婚式の帰り道、突然の暴風雨に苦しむ帆船の上のやり取りと、それを陸で見守るプロスペラの一人娘ミランダがいる。
▼実は嵐はプロスペラの魔術を使って引き起こされたものだ。彼女はミラノ大公の妃だった人物だ。夫なきあとは女大公として人民に愛されていた。しかし12年前にプロスペラの実弟アントニーオら一味の謀略によって島に追放されていた。難破した船にはアントニーオら4人が乗っていてプロスペラの住む島に這々の体で孤島に上陸する。孤島で魔術の腕を磨いたプロスペラは空気の妖精をつかって上陸した4人に復讐を誓うのだった。孤島はどこを使って撮影したのかと、トイレに行きたいのを我慢してエンディングロールをずっと見ていたら、ハワイだという事がわかった。なるほど。

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June 26, 2011

◇「遙かなるふるさと/旅順・大連」を見る。

▼昨日書いた取材対象者に夜に直接連絡が取れた。最初は不在だったのでファクスを送るとしばらくして携帯に連絡があった。82歳のお年よりなのだが、逆に「現地の気球格納庫を見たい」とおっしゃる。1週間以内に下見をした上で、都内北部に住む方を現地にご案内しよう、と言うことで編集長に了解を得る。あとは戦争遺跡のHPを作っている方が見つかったので、サイトから直接お話をお聞きしたいとメールを送ったが、こちらはまだ返事がない。まぁこのように取材の準備はチャンスが大切なので、順調に進んでいる。
▼朝は「テンペスト」をシャンテシネに見に行こうと思っていた。しかし時間を確認すると朝は9時半で次は正午だった。時間のやりくりが難しいので、思い切って岩波ホールの羽田澄子監督の「遙かなるふるさと/旅順・大連」にした。ある程度予想をして行ったが、年配の方が圧倒的に多い。つまり戦前は40万人くらいの日本人が住んでいて、現在82歳の羽田もその一人だ。日・旅友好協会の4泊5日のツアーがあって、撮影の許可があって彼女も一員として同行する。羽田は足が痛くて杖をついているので、スタッフはカメラとディレクターの2人と思われる。しかしこの短い正味4泊のツアーで映画を作ってしまうのだから凄い。わたしにもし腕があれば7泊8日で、「南米縦断の旅」というような映画ができてしまう。だから画面を見て大声で懐かしがってしゃべるお年よりが多くて参ってしまう。後ろの席の年配の女性はジッパーを無神経に上映中なんどの開け閉めする。
▼◇「遙かなるふるさと/旅順・大連」旅順も大連も中国領土だったが、日本が山東出兵で租借地にする。しかし4国干渉でそれを放棄すると、ロシアが奪い取る。それを日露戦争で奪い返し、第二次大戦が終わるまで日本が占領していた歴史がある。わたしの興味は旅順の日露戦争遺跡のみであって、他はどうでも良い。映画は羽田が住む日本の家の近隣の住民の移り変わりから始まる。引き揚げて来た当時の面影はなく、まさに「行く河の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず」というあれだ。だがネットで探しても現在この地にいくツアーは存在しない。羽田は旅順に降り立ち昔の面影を探そうとするが、ほんの一部しかない。旅順といえば203高地の戦いが有名であり、残っている堡塁を見ると、これは太刀打ちできないと思う。それに旅順港では「杉野はいずこ」という広瀬中佐の歌も流れてくる。乃木とステッセルの復元された会見場。「軍歌」にでてくる棗の木はか細いから、植え直されたものだ。そして昔と同じく乃木の二人の息子が戦死した跡地には記念碑が残されていた。
▼大連は1898年に帝政ロシアの租借地となり、貿易港として発展を遂げ、日露戦争後は日本の管理下に置かれた。羽田が長く住んでいたのはこちらの方で、住んでいた家を訪ねると1軒の家を3家族がシェアしていた。そして通訳を通じて頼むと、快く室内を見せてくれる。家具は違っているが部屋がとても丁寧に使われているので、羽田は感激する。そんなことを何度もくり返す。日本が日露戦争に勝ったとき作られた記念碑は少女の頃はもの凄く高く感じた。そして学校行事がある旅に徒歩で登らされた。だが今は頂上まで道路が作られており、車で簡単にいくことができる。頂上から見る風景は当時の軍港の変わり果てた姿だった。
▼8月9日ソ連の参戦によって占領される。彼女は家の前にある湖に、花柄模様のスカートの普段着に着替えて散歩する。それまでは満鉄関係の会社に勤めていたが、もんぺでしか通勤できなかった。ソ連兵は「ものを寄こせ」とやってきたが、上官が紳士的な人だったので略奪などをされることはなかった。ソ連の占領後、羽田は郵便関係の労働組合の初期としてしばらく現地に残る。それはどうやらソ連の指示のもと、労組を左翼的な組織に編成させる任務を負っていた(あくまでも私の想像)だ。最後の引き揚げ便で帰国するのだが、再び画面は、今住んでいる家の回りとオーバーラップする。

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June 15, 2011

◇「ミツバチの羽音と地球の回転」(1)

▼ネットファクスの件は今までの番号を使えるという事で解決した。そうこうしていると次々と荷物が届き始める。その一つが先日ここで書いた映画紹介をして欲しいという方からの試写用のDVDがあった。映画のタイトルは「大陽と月と/私たちの憲法の人々の情熱」という約2時間のものだった。文法的に言えば「の」という助詞の使い方が間違っているように思えるかも知れないが、これは映画配給会社がつけたタイトルだから仕方ない。前半を見てこれで観客が来てくれるのだろうか?と心配になったが後半それは次第に説得力を帯びてきた。誰が見ても面白いという映画ではないが、今週中にあらましをご紹介できると思う。
▼◇「ミツバチの羽音と地球の回転」15日の朝刊を見ていたらこの映画を作った鎌仲ひとみさんのインタビュー記事がでていた。瀬戸内海にある祝島で早朝から海苔のひじきを採取している一人の男性がいる。彼はUターンしてこの地に戻って来た。真面目な青年はお年よりからも評判いい。彼はに妻と1歳くらいの女児がいる。村人からは「もう一人いればいいのに」と言われる妻。すると「もうお腹のなかにいるんです」と答え、村人からは祝福の声がかかる。祝島は決してゆたかな島ではない、だが青年は親に乞われた訳でもないが、ここで暮らす決意をした。
▼小さな島で取れるのはひじき、干しタコと、一本釣りの鯛などだ。陸では稲と枇杷が実る豊かな島でもある。彼は何とか市場を拡げようとネットで枇杷や枇杷葉茶を開発して販売している。だがこの祝島に対岸に四国電力は28年前の原発を作ろうと計画をたてた。ドキュメンタリーでは村人が毎週一回デモをしている様子。それに電力会社がブイを投下しようとするその攻防戦などが描かれる。
▼京都大学の研究などによれば、もし対岸の上関に原発が出来ると原発を冷却する排水溝の気温が上がり、この地域に生息する希少生物が死んでしまう。結果として食物連鎖に影響を与え漁業が出来なくなってしまうという。中電は約束を違えて早朝のブイを投錨してしまう。漁を休んで中電の作業船に抗議をくり返す漁民の数は増え、カヤックも作業船を取り囲む。そのときの中電の言い分はこうだ。現場責任者はハンドマイクで「第一次産業だけではこの先やっていけない。原発があれば雇用を増やせます。」と
▼しかし島民たちは、祝島の島と海にある資源を守りながら反対運動を28年間続けている。生活に根付いた反対運動のドキュメンタリーは昨年10月の撮影で終わっている。この島の高齢である島民のたたかいの結果、未だに原発はできるメドもたっていない。おそらく今年の福島原発の事故の結果、それはもう建設不可能に近いところまで追い込まれているに違いない。映画では後半スウェーデンのエネルギーも詳しく取材しているので、続きはいつかご紹介したい。渋谷ユーロスペースで再度の上映中。いつまで上映されるかは映画館に問い合わせて下さい。

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June 11, 2011

12ch系で「カサンドラ・クロス」を見る。

▼お早うございます。あいにくの雨空ですが、きょうは反原発の集会が全国的に開かれます。主旨に賛同される方は一昨日ご紹介したいずれかの会場にお出かけ下さい。行かれないが反原発の意思があるとおっしゃる方は、自宅や散歩の時は意思表示の方法として黄色の着衣を身につけるか、リボンなどをつけて下さい。可能であれば、参加した集会の写真やご自分の写真をお送り下さい。個人の場合顔は写っていなくでも構いません。もし写っていたらこちらでマスキングをしてブログでご紹介させていただきます。
▼水曜日午後12ch系で放送された、「カサンドラクロス」を録画して見た。公開当時映画館で見た記憶もあるが、現在の日本で原発被害を隠し続ける東電や保安院の姿とダブって見える。1976年の映画でWHOに潜入して爆破しようとしたテロリスト2人は、失敗してアメリカが極秘に開発していた細菌兵器に汚染されてしまう。一人は射殺されるが、一人は欧州横断鉄道に乗り込む。車内で汚染は瞬く間に広がってしまう。それを察知したアメリカ軍はCIAを使って列車に乗っている1000人を抹殺してしまおうと考える。
▼車内には防護服を着た特殊部隊が送りこまれる。持っているのはイタリアのベレッタM12SMGマシンガン(イタリア映画だから当然か)。列車にはチェンバレン医師(リチャード・ハリス)やその元妻(ソフィア・ローレン)、刑事やそれに連行される容疑者マーティン・シーン(チャーリーの親父で「地獄の黙示録」の准主演)などだ。列車のテロリストを抹殺しようとするのは、アメリカ陸軍情報部のマッケンジー大佐(バート・ランカスター)だ。乗客リストを見るとチェンバレンがいることがわかり、移動電話で連絡を取って状況を知らせるように求める。
▼さらに汚染された重症の容疑者を走行中のヘリからつり上げようと試みるが失敗。同乗していたペットの犬だけがつり上げに成功する。要するに大佐はアメリカ軍が、禁止されている生物兵器を開発していることが世間に知られる事を恐れる。ならば1000人の乗客諸とも列車を支線に引っ張り込み、全員を脆くてボロボロになったカサンドラ鉄橋から落としてしまえばよいと考える。この発想が原発事故で避難している人たち。あるいは放射能汚染を低く見せて、住民の健康被害よりも企業の経済活動を優先させようとする日本の姿とダブって見えるのだ。
▼チェンバレンもポーランドの支線ヤノフに入った時から、沿線に警官が多数配置されているのを見て大佐の思惑に気づく。そして乗客を後部の車両に移動させ、機関車と切り離しする計画をする。そのために護送中で身軽なマーティンが選ばれる。失踪する列車を一両、一両伝っていくところは思わず手に汗を握ってしまう。うまく切り離して車両を軽くすれば最後尾車両に移った乗客だけは助かるのではないかと考えた。だがマーティンは力尽きているところに車内のCIAに狙われて射殺されて転落してしまう。
▼この組織を守るために本来正義であるはずの自分自身の基準が次第に変わって行ってしまうところが面白い。おりしも今朝NHKラジオでは郷原信郎氏(元東京地検特捜部検事、で今弁護士と大学教授)がゲストで出演していて「組織の思考が止まるとき」を出版したいきさつを話していた。組織を守ろうとすると過去に決めた基準では対応出来なくなって、その結果として不正が起きてしまうという話が、かなり納得できた。

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June 09, 2011

◇「バビロンの陽光」を見る。

Theend
(ネットで探した,今の日本ピッタリの写真。とても怖い。)
▼NHKBSプレミアムで4月から火野正平が自転車で日本を縦断する番組「ニッポン縦断こころ旅」という番組を放送している。週に4日放送しているが、わたしは殆ど見ている。1昨日は秋田から弘前に入った。途中リンゴの木を見て「何だろう」と言い、あとからテロップで「後ほどリンゴの木と確認しました」と出た。わたしの実家は昔リンゴを栽培していたから、見れば一目で分かる。数年前に綾瀬はるか主演の映画「ICHI」が公開されたとき、ラストシーンが、手入れのされたリンゴ畑の脇を歩いていたのには驚いた。映画関係者にリンゴの木の見分けられる人がいなかったのだろう。
▼火野はこの日弘前大学に行って学生寮を案内してもらう。手紙の主が入学してから寮でしごかれた話を書いていたので、弘前大学寮歌を再現してもらっていた。新入生のしごき方はどこの学校も同じで、戦前の軍隊と何も変わっていないと思う。そして8日夜は青函連絡船乗り場だった。投書した関西の人は卒業旅行に本州最北端のここを目指した。しかし季節が3月だったので淋しい陰影をもった青森港ではなかったと歎いていた。彼女の母親が映画好きで、どうやら水上勉の「飢餓海峡」をイメージして来たらしいのだ。このイメージはわたしの作ったカレンダーの今年「12月」が、まさにこの十和田丸になっているので、ご覧頂きたい。
▼◇「バビロンの陽光」イラクのフセインが倒された3ヶ月後。老婆と少年は二人で父親が収監されているとされる1000キロも先にある刑務所を目指してヒッチハイクを始める。何せ少年の父親は12年前に兵隊として連れ去れただけで、消息はあまり分からない。少年は道を歩くのは嫌だとだだをこねている。あまり車が通らない道で、老婆が必死にトラックを止めると運転手は「500ディナール出してくれ」という。どうやら二人はクルド族らしく、老婆の言葉は運転手には通じない。そして孫のアラビア語だけは通じている。何ヶ所かの検問の末にようやくバクダットに到着するが、ビルも崩壊して火災も多数発生している。瓦礫の山のなかアメリカ軍のハンビーやエイブラハム戦車が走り回っている。トラックを降りるとき、運転手は身の上を気の毒に思ったのか「カネはいらないよ」と突き返す。
▼それでも少年はオンボロのバスが走っている停留所を探す。そこで少年は地元の少年が煙草を1本ずつばら売りにしているのを手伝ったりして仲よしになる。ギュウギュウ詰めで満員のバスは少年だけを乗せたまま走り出してしまう。居眠りしていた老婆は慌てるがバスには追いつけない。それを見た煙草売りの少年が追いついて合図し、バスの乗客が騒ぎ出しバスは停まる。老婆の胸にしがみつく少年。
▼目的地に着くとすでに刑務所はない。ただ一つライ病患者の収容施設があり、名前は同じだがもう顔が崩れているから面会させられない、という。老婆は無理に頼み込んで会うが別人だった。いくつかの収容所には老婆の息子の名前はなかった。それではと無縁墓地なのかと訪ね歩く。発掘した遺体と名前を照合してもらうが、息子の名前はない。フセイン時代に逮捕されて、行方不明になった人は100万人を超えるとされている。とうてい二人の手には負えない。途中で知り合ったシーア派の男性が「探すのを手伝う」と申し出てくれるが、老婆は「宗派が違う」と頑なに断る。どの墓地を訪ねても見えるのは無残に殺害された人々の無数の髑髏と骨だけ。
▼母親と父親譲りの縦笛をもった二人の旅は絶望と焦燥と絶望感だけが募る。さらに日本の東北以上に復興の兆しも見えない。そこに祖母が「息子に一目だけでも会いたい」という悲しみと怒りだけだ。ドキュメントに見えるがこれはあくまでもシナリオがある劇映画だ。監督はフセインの独裁政権によって引き起こされた虐殺という歴史の汚点を直視し「まずこの現実を直視し、死者に人間としての尊厳を」を与えよと訴えているに違いない。
▼マイケル・サンベルの「これから正義の話をしよう」は図書館に頼んで8ヶ月目にようやく届いた。昨日から読み始めて3分の1は読み終えた。今日中に読み終える予定だ。
611の反原発市民集会は全国各地で行われる。黄色いリボンか目印を付けて、国会や首相官邸をグルグル歩くというのもある。お時間のある方はぜひご一緒しましょう。わたしは@芝公園に行く予定です。同行される方には集合地点をお知らせします。

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June 05, 2011

ダイヤモンドはイスラエルの基幹産業。

▼メルマガの発行日なので2週間に読んだ本の感想を整理するなど忙しい。昨日は午前中はネットで捜し物をしていて、午後からやっと銀座シネスイッチに「バビロンの陽光」を見に行った。初日三回目の上映だったが、相も変わらず、「ぴあ」のアルバイト調査員たちがたむろしていた。わたしは映画を初日初回に見に行くので、積極的に「ぴあ」の調査員には協力してきた。ところが二年前に知らない人と顔写真を取り違えられてから、「ぴあ」に「どうしてこういう事がおきるのか理由を聞かせて欲しい」と抗議電話をしてから、一切協力するのはやめた。
▼先週の新宿にも調査員はいた。今回も来ていたが無視して振り切って帰って来た。電話したとき、「担当者からお詫びの電話をさせます」とも言ったが断った。要はどうしたら間違えないか手順を検証する必要がある。わたしが「ぴあ」の編集長だったら、顔写真を撮らせてもらうときに、被写体になる人に名前か番号を書いた画用紙か適当な紙をもっていただく。そうすれば簡単に防げるミスなのだ。見ていると未だにそうした工夫は取られていない。
▼映画の初日初回のプレゼントは先週はイタリア映画だったのでイタリアの「barilla」というパスタを一握もらった。今週はイラク映画だったが何故か、「ストック」の種だった。袋には「平和を願う花」と書かれている。今まで香水からチョコ、色々なモノを頂いた。昨年暮れは上記のパスタを2握頂いた。その後取材で移動しなければならなかったので往生した。いただけるものならば、中身が濃くてなるべく軽いものをお願いしたい。映画の内容は明日にもでご紹介する。
▼昨日は「校正」が1日も早く送られてきた。その中に「子どもにダイヤを磨かせる」という文章があったので「これはおかしい?」とクレームを付けた。そうすると案の定ダイヤの原石を選別する作業だと勘違いしていたと連絡があった。ダイアの原石は全部イスラエルに持ちこまれてカットされている筈だ。それはそもそも戦後イスラエルに移民してきた人の中にダイヤ研磨の職人がいることに目をつけた。イスラエル政府はダイヤモンド産業を国の基幹産業に育てようとして来た経緯がある。ダイアはカットの微妙な角度が輝きを与えるから子ども等にできる作業ではない。
▼イスラエルは海外で人工ダイアを作る技術にも目を光らせているという。だからもし日本の住友鉱業などが大粒の人工ダイアを作る事に成功したら、ただちにイスラエルからモサドの刺客が放たれるというという、まことしやかな話を専門家から聞いた事がある。だから2006年にディカプリオの「ブラッド・ダイアモンド」という映画が公開されたとき、世界ダイヤモンド評議会(World Diamond Council)は、映画の公開を前に、啓発キャンペーンを開始した。費用の1500万ドル(約17億円)は、世界のダイヤモンド取引の7割を占めるとされる南アフリカのデビアス(De Beers)社が捻出した。というもの納得できる話なのだ。

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May 30, 2011

◇「愛の勝利を/ムッソリーニを愛した女」を見る。

▼午前中は管理組合の会議で午後から夜にかけては仕事の一日になった。大規模修繕とか地震があってもドアが壊れない補強工事の方法などが討議される。機動隊のジュラルミン楯を圧縮した技術を使って、シールでドア枠を補強する方法があるのだという。実演も可能だという。今度火災訓練の時にやってみてもらおうという話になる。夜の校正は今週は4ページもあるので、かなり消耗する。さて福島原発終息の道は相変わらず見えてこない。東電は9ヶ月で終息させる、と言っていた。しかし放射能の放出量はまったく減らない。作業も原子炉の近くまで近づくことすらできない。
▼専門家の意見では封じ込めする終息までに、少なくとも9年かかると言っている。東電や政府の言っていることはまるで日替わり。時間帯で「放水を止めた」「止めない」、「すぐに危険はないと言った」「言わない」とまるで猫の目のようにクルクル変わっている。まさか9年間も地方に逃げていることなのできない。いま私たちに出来る事は、当該の組織に圧力をかけて、終息までの時間を1年、1時間でも短縮するよう、具体的に動くようにさせる事だと思う。
◇「愛の勝利を/ムッソリーニを愛した女」ヒトラーにエバ・ブラウンという愛人がいたことは広く知られている。だがブラウンも決して新聞や記録映画に残ることはなく、影の女として生きた。実はムッソリーニにもイーダという愛人がいた、という事をこの映画で知った。映画はまず1900年代の初頭、ムッソリーニが「社会主義者」として頭角を現すところから紹介する。非戦であるはずの社会主義者だが、第一次世界大戦で「ウジ虫どもを片付けろ」としてオーストリアに宣戦を布告する。わたしは愛憎劇としてよりもイタリアの歴史とムッソリーニに興味があった。
▼ムッソリーニはこのとき自分の主張を国民に知らせるために、機関紙の発行を思いつく。その頃彼は妻子がいるのにイーダの元に走ってしまう。まぁ、ああいうシチエーションだったら、男として参ってしまうだろうな、と映画は思わせる。ムッソリーニが資金に困っていると感じたイーダは私財を全部投げ打って彼に「使って頂戴」と差し出す。彼は「そんなのダメだよ」と言いながら「借用書」を書く。
▼彼はやがて党首から首相の道を歩き始める。あるときイーダが「大事な話があるの」というので聞くと「出来たの」と耳元で囁く。驚いた彼は仕方なくか、喜んでかとにかく教会婚を挙式する。イタリアには民事婚と教会婚があるようだ。そのとき教会はイーダにサイン入りの婚姻証明書を発行するが、これが問題となる。総統は清廉潔白で妻はあくまでも1人でなくては示しがつかない。イーダは当然ながら妻の存在が憎くて仕方ない。総統の側近が取った方法とはイーダを隔離してしまう事だった。それも精神病院に。当然1人息子も叔父が面倒をみるという前提で寄宿舎に隔離され、離れ離れにされる。
▼イーダは自分こそがムッソリーニ正式な妻であるとローマ法王や、イタリア皇帝に手紙を書き続ける。そして息子に会いたいと叫ぶがすべて無視される。(明日に続く)

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May 28, 2011

◇「100,000年後の安全」(2)です。

▼昨日夕方から某所で会議があった。部屋に入ったのは午後4時半でまだ室内灯は点灯していなかった。一番高齢の方が「電気がついていない」とおっしゃって腰を上げたので、わたしは「おそらく節電でしょう」と答えると「そうですか?」と、彼は腰を下ろした。30分ほど会議を続行していると、さすがに書類の文字が見えなくなってきた。わたしは「次回から各自ロウソクを持参しましょう」という。会議の責任者は、「ああ」と立ち上がってスイッチを入れてくれた。単にスイッチを入れ忘れただけだったのだ。1週間前の金曜日の夜、男3人で飲み過ぎてその後3日ほど具合が悪かった。昨晩はみなさん飲まずに解散した。
▼最近の我が家にかかってきた売り込み電話。1)ソフトバンクの会社から「携帯」の売り込みがあった。わたしは全国を移動するから繋がらない会社は使えない、と断る。2)鹿児島の温泉という会社から、「健康に良い水を年間契約するとお安くお届けする」と電話があった。わたしは水道水で充分間に合っていますと答えた。3)ケーブルTV会社からネットや電話も当社に切り替えてくれ、さらに有料チャンネルの契約を増やしてくれと言う。わたしは光ファイバーの単独回線を引いて1k以上出ているので、必要ない。映画は映画館でしか見ないので有料チャンネルはこれ以上いらない、と答えた。
▼山○太○の話。その後ネットで分かった事は、○本が出演を予定していた番組とは「東○日○劇場」だという事がわかった。山○は「関係者に迷惑がかかるといけない」と、発表をしなかったが、分かったことだ。しかし、よりによって「東芝」が絡んでいたとは宜なるかなである。
▼本日のアクセスは検索用語で「山○太○」が急増しています。わたしは、このブログで芸能ネタを書いているのではありません。「原発即時廃炉」を訴えているのです。興味本位の検索しにくくするため、名前は○にしました。せっかくこのページにアクセスして下さるのでしたら、原発容認CMに出た俳優に抗議メールでも送って下さい。
▼◇「100,000年後の安全」(2)この映画を作ったのはマイケル・マドセン監督だ。アメリカの俳優で「レザボア・ドッグス」で出てきたギャング役が似合う俳優がいるが、彼とは別人である。監督は一章ごとにマッチを擦ってその炎が消えるまでの1分ほどの間に、テーマを喋って「どうするか?」と観客に突きつける。ここには地底500mに世界初の高レベル放射性廃棄物の永久地層処分場の建設がある。これはフィンランド政府が決定したことだ。固い岩盤を削って作られた地下都市のようなところにカメラは入る。この巨大な保管システムはあと50年後に完成し、放射能が無害になる10万年間保持されるように設計されている。
▼そして廃棄物が一定量に達すると施設は封鎖され、二度と開けられるない。しかし、現在の人間は1万年前の石で出来た矢じりを持った原始人とさえ、言語が異なるからコミュニケーションはできない。それに戦争が起きたら、その施設はまっさきに攻撃されるだろう。10万年後どころか、100年もたったらフィンランドに生まれて来た人々に、この「核廃棄物」が危険であると警告できる方法はあるだろうか。そのマニュアルは国立文書館のようなところに保存されると言う。しかし紙媒体はそれほど長持ちするのだろうか?もしかしたら100年後に生まれて来た人たちはそれを「自分たちに残してくれた遺跡や墓、あるいは宝物」として残してくれたものではないか、と思うかもしれない。
▼それに今のフィンランド語が10万年後に通用するのか?頑強な施設を作ったがそれが「危険物」だと認識してくれるのだろうか。疑問を出したら延々と限りなく続いて行く。地下都市にはまるでフリッツ・ラング「メトロポリタン」を思わせるような神秘的な映像美の世界が広がる。

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May 27, 2011

◇「100,000年後の安全」を見る。

▼読者の皆様はお元気でありましょうか?毎日気温の上下が激しくて身体が付いていきません。先週の土日は短パン半袖でしたが、翌日は寒くてタイツを着用していました。このブログも様々なひとたちに支えられています。先日このブログでご紹介した「四月の涙」を遠くからわざわざ鑑賞にいらっしゃるという方からメールをいただき、恐縮しています。またあるポータルサイトに、このブログを貼って下さっている方もいらっしゃいます。何もおっしゃらないでして下さっています。ほんとうにありがとうございます。きょうもまた張り切って書かねばという気持ちになります。今朝のツイッターで見つけた東京都内各地の放射線測定結果。これで見ると茨城、千葉県境の数値が高い事が分かる。
▼昨日の山○太○氏のことはあちこちで話題になりつつあります。はっきり言えばこういう兵糧攻めは昔から現在にいたるまで沢山ありました。わたしの人生のかなりの部分もまた同じような事の連続でした。歌舞伎に籠釣瓶花街酔醒という演目があります。江戸の新吉原にやってきた佐野の絹商人次郎左右衛門。吉原で一番人気の花魁兵庫屋八つ橋の行列に出会い呆気にとられます。次郎左右衛門はカネさえ払えば八つ橋は自分の言う事を聞いてくれると勘違いして、廓に通い詰めます。歌舞伎では八つ橋の取り巻きがそのように仕向けるすじになっています。これとはちょっと違いますが、電力会社と広告代理店の山○太○に対する圧力は、「カネさえ出せば花魁が自分の思い通りになる」という発想は、この時代と何も変わっていないようです。
◇「100,000年後の安全」フィンランドは先日ご紹介した「4月の涙」のように歴史的にずっとロシアやソ連の侵略を受けていた。それは真冬でも港が凍らない魅力があったのではないかと思われる。いやきょうのテーマはそれではない。フィンランドは燃料をいまソ連に全面的に依存している。もしもソ連が原油を止めたらフィンランドの人たちは凍死してしまうのだ。それで目をつけたのが原子力発電であった。使い終わった原子力燃料は日本のようにフランスで再処理して、取り出したプルトニウムを高速増殖炉で燃料として使う方式があります。しかしこの方式は世界でどこも成功していませし、そのメドもたっていません。それにしても使い終わった燃料棒はガラスと混ぜてステンレス容器に入れて「ガラス固化体」に加工し、30年から50年間専用の施設で冷却して、地下の深いところに埋める「地層処分」方式があります。
▼フィンランドが取ったのは後者の方です。ヘルシンキから250kmほど離れた山奥の地下500mの岩盤の固いところにその施設は建設中です。建設が終わるのはあと50年後です。フィンランドの人たちはプルトニウムが無害になる10万年後を考えてこの地下施設を建設しています。果たして10万年後までこの施設があるのか?あること、危険であることをどうやって後世の人に伝えていったらいいのか誰にも分かりません。(明日に続く予定)渋谷アップリンクシアターで上映中、

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